和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

雑の和歌 友達が挨拶してくれなかったので ― 親しきも疎きもなしと聞きしかどわきてしもやは訪ふべかりける

  語らふひじりの、となりなる所にきて、訪はざりければ
親しきも疎きもなしと聞きしかどわきてしもやは訪ふべかりける
              (恵慶法師集・102)

 

現代語訳

  親しくしている聖が、となりに来ていて、(私を)訪れなかったので
(出家してこの世のしがらみと縁を切ったあなたには)親しい友人、疎遠な知人、と人を分け隔てすることもないと聞いていますけれど、(あなたと特に親しくしていた私のところだけは)特別に訪れるべきでしょうに。

 

内容解説

親しいお坊さんがですね、自分の住んでいるところのとなりに来ていて、何の用か知らないですけど、来ているのに自分に何も言ってこなかったんです。うーん、この、この微妙な距離感。いや、となりに来たお坊さんからすれば、別にその友達に用があって来たわけじゃないんです。まあ何か違う用があって来たんでしょう。それで来たらたまたま友達の家の隣だったと。

 

じゃあ声を掛けるかっていうと、いや微妙なところでしょう。久しぶりに会う友達となると、大切な友人であればあるほど、こんにちはだけ言ってまた今度ってわけにもいかないでしょうし、友達だって今は忙しいかもしれないのに、あれこれと気を遣わせてしまってはわるいし。

 

とはいえ、友達が近くに来たと知った側としてはですね、自分に用がなくてもいいですよ、何かひとこと言ってくれてもいいじゃないかと思うわけです。だって、せっかくならちょっとおしゃべりくらいしたいと思うけど、来たことを知らせるつもりがない相手の所に、知っちゃったんだけどと言いに行くのもなんだし、待ちつづけるのも落ち着かないし、また今度会ったときでいいじゃないかとも思うけど、今度会ったときに、じつはおまえの家のとなりに来たことがあったんだよねーって言われたら、うん知ってたよって言うの? へーそうだったんだーって言えばいいの? 

 

とまあ、相手が知らせるつもりのない相手の行動を知ってしまうと自分のほうが身動きとれなくなってしまって、なんなら声を掛けてくれない理由を勘ぐったりもしちゃうわけです。ぼく何かしたっけ? 

 

というわけで、歌を贈りました。お坊さんは現世の人間関係の外にいますから、あの人とは親密、あの人とは疎遠、という差別をしてはいけないことになっています。それはわかっているけれど、よくおしゃべりする間柄なんだからやっぱり僕の所には来てくれないと。

 

お坊さんからの返事はまた次回。

 

伝えたい和歌

 風邪をひいたのに彼氏が見舞いに来なかった話 ― 死出の山ふもとを見てぞ帰りにしつらき人よりまづ越えじとて

同じように愛している? ― はかなくておなじ心になりにしを思ふがごとは思ふらんやぞ

あなたでなくて、誰のことを想いましょうか ― 君ならでたれをか訪はむ雪のうちに思ひいづべき人しなければ

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雑の和歌 おとうさんといもうと(むずかしいお年ごろ) ― ひとりには塵をもすゑじひとりをば風にもあてじと思ふなるべし

  祭主輔親、内に侍るむすめのもとへ扇調じてつかはしけるを、
  うらやましくやおもひけむ、おととむすめの十一二ばかりなる
  が、硯の箱に書きていれたりける
ともすれば思ひのあつきかたにこそ風をもまづはあふぎやりけれ
    (続詞花集・雑上・輔親のむすめ(いもうと)・775)
  これを見てかたはらに書きつけける
ひとりには塵をも据ゑじひとりをば風にもあてじと思ふなるべし
    (続詞花集・雑上・大中臣輔親・776)

 

現代語訳

  祭主輔親が、内裏に仕えている娘のもとへ扇子を調えて贈ったのを、
  うらやましく思ったのだろうか、妹で11歳か12歳ほどのむすめが、
  (父の)硯の箱に書いて入れた(歌)
何かあると(お父さんは)大事に思っているお姉ちゃんのほうに風を先にあおいであげようと(扇を贈ったり)するのね(それでわたしには何もくれないのね!)。

 

  これを(父が)見て、(その歌の)傍らに書き付けた歌
(姉である)ひとりには(あまりに大切なのでその身の回りに)塵をも置くまい(と思って塵をあおぐための扇を贈り)、もうひとり(の妹であるあなたに)は(あまりに大切なので)風をもあてまいと思っているのです(そのためあなたには風をあおぐ扇もさしあげなかったのです。扇をさしあげたお姉ちゃんも、扇をさしあげなかったあなたも大切な娘と思っているのです)。

 

内容解説

おねえちゃんばっかりずるい! 

 

まあ、あるよねえ。お姉さんはもう就職しているのです。「内に侍るむすめ」ですから内裏にお仕えしているエリート女性です。内裏にお仕えするというのは支度だけでもけっこうなお金がかかるもので、あの十二単衣がまず高価。持ち物から持ち物を入れる箱から何から何まで高価な品をそろえて、姉の身の回りの世話をする侍女までつけてようやく出仕できます。まあ当然ですね、宮中ですから。そうやってお姉さんがあれこれ揃えてもらって華々しくキャリアをみがいていくさまを妹は家でじっと見ているわけです。おねえちゃんばっかりずるい! 

 

14歳くらいで女性として一人前あつかいされますから、妹はまだ大人というほどでもなくて、でも子どもでもないお年頃。この時代の扇というのはたんにぱたぱたあおぐだけのアイテムではなくて、特に女性によっては重要なアクセサリーです。絵柄ひとつで人柄まで判断される。それも宮中に仕える若い女性の扇となれば材質から絵柄まで美しいものを準備したでしょう。

 

とはいえ、その、なんでずるいわたしもほしいという気持ちをじゃあお父さんに真正面から言えるかというとそうもいかない。お姉さんだって別に遊びに行っているわけではなくて、この時代の宮仕えは家の浮沈を掛けた大勝負です。有名な人は何人もいます。伊勢や紫式部や待賢門院堀河や、たまたま頭のいい人が何人かいました、ということではなくて、仕事ができて、知識があって、コミュ力があって、字がきれいで、ファッションセンスが良くて、モテて、要はその一族が宮廷社会で生き延びていくための重要な戦力を備えた人物として彼女たちは送り込まれている。お姉さんがあらゆる手段を使って宮中の情報を実家に伝え、実家の希望を宮中で知り合う高位貴族に伝えて奔走していることくらい、妹だってわかっている。そのお姉ちゃんへの投資としてお父さんが扇を新調したことくらいわかっている。これはいわば事務用雑費。

 

そんなわけで、言いたいことを歌に仕立ててお父さんが硯をいれている箱に入れておきました。歌の形にするとちょっと芝居がかった感じになりますから直接言うよりだいぶニュアンスがやわらぎます。大事に思っているお姉ちゃんのほうに何でもさしあげるのね! 「思ひ」に「火」が掛詞になっています。駄々をこねて困らせたいわけじゃないけれど、わたしの気持ちだってわかってよね。それを発見したお父さん、さてどうしたものか。

 

このお父さんの大中臣輔親というひと、何人か娘さんがいたようで誰がこの歌の作者なのかわからないのですが、宮仕えしていた娘として有名なのは伊勢大輔です。「いにしへの奈良のみやこの八重桜けふここのへににほひぬるかな」と詠んで一躍スターになった後のできごとでしょうか。この大中臣家は代々歌人として知られ、頼基・能宣・輔親・伊勢大輔康資王母・安芸の計六代は「六代相伝歌人」と称されるほど有名でした。さすがに歌人の一族だけあって返歌も手慣れたものです。風にも当てまいと思うほど妹のあなたを大切にしているからですよ、と。すてきな扇がもらえたでしょうか。

 

風が吹く和歌

はるかな夏の海 ー 潮満てば野島が崎のさゆり葉に浪こす風の吹かぬ日ぞなき

風に吹かれて ― 夏をすごす永日すらながめて夏を過ぐすかな吹きくる風に身をまかせつつ

夏の午後 まどろみの午後 ー 妹とわれ寝屋の風戸に昼寝して日たかき夏のかげをすぐさむ

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夏の和歌 沢の水に星がうつっているかと思ったら蛍でしたよ ― 沢水に空なる星のうつるかと見ゆるはよはの蛍なりけり

  宇治前太政大臣卅講ののち歌合し侍りけるに蛍を詠める
沢水に空なる星のうつるかと見ゆるはよはの蛍なりけり
    (後拾遺集・夏・藤原良経・217)

 

現代語訳

沢の水に空の星が映っているかと見えたのは夜半に輝く蛍でしたよ。

 

内容解説

蛍、見たことがあるでしょうか。私はずいぶんちいさなころに見たきりなので、水にうつっているところを見たかどうかいまいち思い出せないのですが、呼吸のリズムのようにゆっくりと明滅を繰り返していたのを覚えています。

 

星と蛍ですから夜ですね。平安時代の夜ですから現代ほど明るくないというより真っ暗でしょう。日はとうに暮れて流れる水の音だけが聞こえていて、風は多少すずしくなっている。空には星がまたたいていて、耳も肌も研ぎ澄まされて夜の気配をひろっているなかに沢の水がふわりと光った。光るものなんてないはずなのに空の星がうつったのかとのぞきこんだら蛍でした、という、あまりひねりのないというか、まあ単純な歌です。

 

夏の夜はこれくらい単純でよいのではないでしょうか。昼は暑かったし、夜はすごしやすいし、すぐに明けてしまうし、涼やかな風と蛍を愛でながら寝落ちするというのも。

 

水面の和歌

ガラス越しの波 ― 春風に下ゆく波の数みえて残るともなきうす氷かな 

薄氷に浮かぶ泡 ― 消えかへり岩間にまよふ水の泡のしばし宿借るうす氷かな 

夜の清水に月がうつる ― さらぬだに光涼しき夏の夜の月を清水にやどしてぞみる 

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