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和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

冬の和歌 わたしは泣いているのでしょうか ― 恋もせず物もおもはぬ袖のうへに涙をながすはつしぐれかな

恋もせず物もおもはぬ袖のうへに涙をながすはつしぐれかな
   (拾玉集・詠百首和歌当座百首・冬・時雨・1443)

 

現代語訳

恋をしているわけでもない、悩み事があるわけでもない私の袖の上に、涙と(みまごうばかりに)ふりそそぐ初時雨であるよ。

 

内容解説

しぐれ。晩秋から初冬へ、一気に季節を塗り替えてゆく冷たい雨です。

 

つらい恋をしているわけでもない、苦しい悩みを抱えているわけでもない、泣く必要など心のどこを探してもないはずのわたしが時雨の空を見つめて、その時雨がまるで涙のように袖を濡らしている。なぜ涙に見えるのか、自分でもわからないのです。

 

華やかに寂しい秋がすぎて一面の冬枯れだからかもしれません。身にしみとおるような寒さゆえかもしれません。この一年が終わってしまう寂しさとも考えられます。本人に特に心当たりがないというのですから、こちらで理由を推測するのは難しいでしょう。時雨に濡れた袖がふと涙のように見えて、あれ、どうしてだろう。そんな思いが自分の中にあるのかと心のうちを見つめ直しても、何も思い当たらないのだけれど。

 

雨の和歌

雨のしずくが落ちるように、あなたを思い続けています ― 雨やまぬ軒の玉水かずしらず恋しき事のまさるころかな

雨の夜に生涯をふりかえる ― 夜もすがら涙も雨もふりにけり多くの夢の昔語り

あやめの香る雨のしずくに ― 五月雨の空なつかしきたもとかな軒のあやめの香るしづくに

 

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秋の和歌 人生で一番の思い出は?ときかれたら ― 秋をへて老となるまで馴れにけり月よりほかの思ひ出ぞなき

秋をへて老となるまで馴れにけり月よりほかの思ひ出ぞなき
(続後拾遺集・雑歌・弘安百首歌奉りける時・式乾門院御匣・1061)

 

現代語訳

幾秋を経て老いの身となるまで(あの月に)親しんできました。(私の人生に何があったかと聞かれれば)月より他の思い出はない(と言ってもよいほどに)。

 

内容解説

こういう、人生をかけて言い切るような言葉を私はまだ持っていません。この年まで生きてきたけどね、という前置きをきくと、私にはまだ使うことのできない厚みのある言葉だなあと思います。いや、年はとりたくないと思っているのです。20代が終わるよぎゃああくらいのことは、人なみに。

 

なによりも月を愛しているから他のものなど挙げるまでもないという表明ともとれますし、そういうことではなくて、何を思うにしても月とともにある人生だったとも解釈できます。いろいろな出来事が人生にあって、その人生を思い出すときにはいつも月を見ていた。どんな記憶も月と結びついていた。だから、人生の思い出はと問われれば月よりほかのものはない、というふうに。

 

長いあいだ親しんでいたという理由は、そのもの自体の特徴を挙げて価値を認める評価ではありません。そのもののどこに価値があるかではなく、そのものとともに過ごした時間があるということ、自分の人生がそのものとともにあってながく切り離せなかったという関係性に価値を置いた評価です。この年になるまでずっと、月とともに生きてきた。今になってやはり月以外のものはない。こういうセリフは何歳になったら自分のものとして使えるのでしょうか。

 

 月の和歌

秋の月、水の輝き ― 石ばしる水のしら玉かず見えて清滝川にすめる月影

月の夜に、何を思い残すことがあるでしょうか ― ひとりゐて月を眺むる秋の夜はなにごとをかは思ひ残さん

夜明けの月、桜が舞い踊る ― 山たかみ嶺のあらしに散る花の月に天霧るあけがたの空

 

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雑の和歌 友達が挨拶してくれなかったので つづき ― 玉桙のみちゆきずりに訪はずともつねに心はゆきかふものを

  返し
玉桙のみちゆきずりに訪はずともつねに心はゆきかふものを
              (恵慶法師集・103)

 

現代語訳

(近くの)道(を通りかかった)ゆきずりに訪れなくてもいつも(私の)心は(あなたと通じ合い)行き交っておりますものを。

 

内容解説

きのうのつづきなんですけれど、一言かけろよと言ってきた友人に返した歌です。連絡はしなかったけど友情はかわらないよ☆ みたいな返事。歌の内容については、いいです。

 

このやりとりを歌でおこなったということが、現代には失われた人間関係の構築のしかた、なのだなあと思うのです。詳しくはきのうの内容解説に書きましたように、ちょっと微妙な状況なわけです。このやりとりを見る限りたいしたことなかったようですが、友情を「たいしたことない」状態で維持し続けるためにふたりはこのやりとりをきちんと行った。そしてそのやりとりに、和歌を選んだ。人間関係って人間と人間の関係なのに人間の思い通りにならない。動くか、動かないか、どう動くかということは、ほんとに難しい判断なわけです。

 

このふたりのやりとりも、ごくふつうの言葉だったら「わきてしもやは訪ふべかりける」なんて言えないでしょう。強意に強意をかさねて私を訪うべきでしょうなんて。それが和歌という形式をとったことで成功した。人間として、誰かに思うこと、言いたいこと、したいこと、しなくてはならないこと、でもそれをそのままの形で言葉や行動に移すのは難しいということがあって、それを人は何らかの形に移し替えることによって果たそうとする。それを移し替える形式のひとつが、昔は和歌だったのです。全て順調にいったかといえば、送った和歌が不発に終わったり激怒をさそったりの失敗例もあって、万能だったということではないのですけれど、和歌という形式が表現ツールとして格別に重い地位を占めていた時代がありました。(支配層に限る、ですが)

 

古文の授業や入試問題に和歌が出てきますね。物語でも日記でも、ここぞというシーンで和歌が使われる、それはあらゆる人間関係のピーク、恋愛だったり、ケンカだったり、家族間のあれこれだったり、そういった人と人との感情を伝えるための、日常会話とは別に用意されたツールとしての地位を和歌が持っていたから、なのです。言いたい、言えない、どう言ったらいいかわからない、言わないほうがよさそうだけど言わずにいられないといった、ふだんの言葉では伝えられないことを言うことができる。

 

で、それがツールとして成立するためには、言う側だけでなくて和歌を受け取った側もきちんと受け取らなくてはないという了解が必要です。受け取った側にも思うところはあるでしょう。今さらなに言ってんだとか、言われても困るとか、あるでしょうけれど、和歌を受け取ったらそれに応えることを良しとする。尊重する。矛を収める。忖度する。個々の状況や心情を置いておいて、和歌を贈られたらその心に応える。和歌という形で贈られた心に一定の敬意を表する。そういう時代があったのだなあと思います。

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