和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

桜の和歌 この手に桜を ― なほ折りて見にこそゆかめ花の色香散りなむのちは何にかはせん

なほ折りて見にこそゆかめ花の色香散りなむのちは何にかはせん
     (躬恒集・屏風・凡河内躬恒/男性・420・9世紀)

 

English(英語で読む)

 

現代語訳

やはり(桜の枝を)折って見に行こう。(どれほど美しく咲いていても)花の色と香りは、散ってしまったとしたらそのあとに何の価値があるだろうか。(いや、何の価値もないのだから。)

 

内容解説

躬恒、2連発。もしかしたら3連発いくかもしれない。前回の歌から続きで見つけた歌なのですが、躬恒、こんなにいいとは思わなかった。こんなにもまっすぐに花を求めた人。いや、わたしの趣味が枯れてきたのかな。中世の新古今調のきらびやかさはそれとして、平明な、それゆえにてらいなくまっすぐな平安の王朝和歌。

 

「なほ」は「やはり、そうは言っても」。そうは言ってもやはり花を見に行こう、です。いろんな理由があるでしょう。仕事が忙しいとか、天気が悪いとか、疲れてるとか、いろいろ。いや、でも、そうは言っても花の盛りは今この時しかないのだから、どんな理由があったとしても見に行こう。今年も来年も桜は毎年咲くけれど、今年の桜は一度しかなく、それを見ている私の人生も、一年、また一年と過ぎ去ってしまうのだから。桜が咲き桜が散るそのたびに、二度と還らない人生が過ぎ去ってゆく。

散りゆく桜にはかなさを感じる、というのはまあそうでしょうが、「散りなむのち」ということはまだ散っていない、満開の桜なわけです。満開の桜を前にして、それがいつか散って失われること、失われて二度と戻らないことを予感して、「散りなむのち」のその前の、桜のもっともうつくしい今この時に立ち会って、わたしの手の中で見たいと言う。およそ全ての美しさは「散りなむのち」を内包しているからこそ美しい。刻一刻と、砂時計が落ちるように否応なく過ぎてゆく時の流れの中に季節がめぐりゆくことを知っているからこそ。

 

「色香」はとくに気取った言い方ではありません。花の色と香り、美しさという意味でふつうに使われる言葉です。前回は「ゆかむかぎりはなほゆきて見む」でした。この歌は目で見るだけに飽き足らず手折ろうと詠む歌です。不可逆の時の流れを折りとって、たしかにこの春の桜と巡り会ったのだというしるしに。

と、いうのはやはり屏風歌なればこそ。屏風に描かれた桜の絵を見て詠んだ歌です。実際に桜を見に行こう見に行けないの話ではなくて、絵画が時に現実を越えて美の真髄を描き出すように、桜を愛する思いを極限まで思い巡らしてどう表現するかを追及した一首。


文法解説と品詞分解は、以下をご覧ください。

 

文法解説

― 意志の助動詞「む」・「なむ」・反語「かは」・推量の助動詞「む」

 

Q 「見にこそゆかめ」の「め」はなんですか?

A これ、説明できるでしょうか。これができれば、助動詞の活用に関して相当の自信を持ってよい言葉です。「こそ」があるから已然形だという予測はつくでしょう。ついてくださいね? ついた方は助動詞の活用表を見てください。文法の教科書なら表紙を開けてすぐ、古語辞典なら巻末付録にでもあると思います。つかなかった方は係助詞「こそ」は文末に已然形の係り結びを起こすと覚えてから見てください。
ありましたか。已然形をざっと横に探してください。推量の助動詞「む」の已然形が「め」です。「けり・ける・けれ」などと違ってひと文字の活用は見分けにくい。活用表だけ暗記していてもとっさに思い浮かばないものです。せっかくなので、見分けられるように覚えてください。「ゆこう」という自分の意志ですから、意志の助動詞として訳します。

 

Q 「なむ」の見分け方。

A 文法の教科書の後ろのほうに、「まぎらわしい語の見分け方」のようなページがあると思います。開いてください。古語辞典の方は「なむ」の項目に見分け方のコラムがあると思います。
①完了(強意)の助動詞「な」+推量の助動詞「む」②係助詞③終助詞 の3つがでています。それぞれ、①なら活用語の連用形に接続し、②なら文末が連体形になり、③なら活用語の未然形に接続します。ここではラ行四段活用動詞「散る」の連用形「散り」に付いていますので、①完了(強意)の助動詞「な」+推量の助動詞「む」が正解です。これは接続と文末の係り結びがありますので、まぎらわしい語の中では比較的見分けやすいたぐいだと思います。点数をとりやすいところではないでしょうか。

「なむ」で古語辞典を引いてください。仮定の意味と書かれています。「~したら」「~してしまったら」という意味があります。

 

Q 係助詞の「かは」、サ変動詞の「せ」、係り結びの「む」のセット。

A セットです。「何にかはせむ」の形で覚えてください。「何の意味/価値があるだろうか。(いや、ない。)」という言い回しです。

「かは」は係助詞。これはそのまま覚える。

「せ」は文法の教科書の、「まぎらわしい語の見分け方」を見てください。①サ変動詞「す」の未然形、②使役の助動詞「す」の未然形、③過去の助動詞「き」の未然形。とあります。見分け方は簡単。助動詞なら上に動詞や形容動詞といった用言があるはずです。そもそも助動詞は用言の下か、同じ助動詞の下にしか置かれません。ここでは「せ」の前に用言も助動詞もありませんから、①サ変動詞「す」の未然形です。なぜ未然形になっているかというと、下に来る推量の助動詞「む」が未然形接続だからです。活用は常に、下に来る語との接続で決まります

「む」は推量の助動詞。係助詞「かは」の係り結びで連体形になっています。係助詞は文末の活用語を連体形(「こそ」は已然形)に変えるので、ここでは文末の「む」が連体形。「せ」は未然形のままです。

 

で、現代語訳のしかた。「何に」はそのまま。「かは」は疑問か反語の係助詞ですので、文中で訳すことはできません。文末に「~か」と訳出します。「せ(す)」は「~する/~なる/~が起こる」。「む」は推量ですので「~だろう」。これを合せていきます。「何に、なる、だろう、か」となります。「何の価値があるだろうか」と訳しましたが、そこまで踏み込む自信がなければ「何になるだろうか?」という訳でかまいません。ここまではよいですか。ここから先がポイントです。係助詞「かは」は、疑問である場合と反語である場合とがあります。「何になるだろうか? さくらんぼ?」と聞いているわけではないのですから、ここは反語です。「何になるだろうか?(いや何にもならない)」と訳してください。係助詞が疑問か反語かは文脈を読まないと判断ができません。よく注意してください。

 

品詞分解

副詞/ラ行四段活用動詞「折る」の連用形/接続助詞/
なほ/折り/て/

マ行上一段活用動詞「見る」の連用形/完了の助動詞「ぬ」の連用形/
見/に/

係助詞/カ行四段活用動詞「ゆく」の未然形/意志の助動詞「む」の已然形/
こそ/ゆか/め/

名詞/格助詞/名詞/ラ行四段活用動詞「散る」の連用形/
花/の/色香/散り/

完了の助動詞「ぬ」の未然形/推量の助動詞「む」の連体形/名詞/
な/む/のち/

係助詞/名詞/格助詞/係助詞/サ変動詞「す」の未然形/
は/何/に/かは/せ/

推量の助動詞「む」の連体形

 トピック「花見」について