和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

立春の和歌 金の雲海、神話の春 ― 天の門の明くるけしきも静かにて雲居よりこそ春はたちけれ

  立つ春の歌とて詠み侍りける
あまのとの明くるけしきも静かにて雲居よりこそ春はたちけれ
       (新勅撰集・春歌・藤原俊成/男性・2・12世紀)

English(英語で読む)

 

現代語訳 

  「立春の歌」という題で詠みました(歌)。

(夜が明ける。新しい春がやってくるこの朝に)天の門が(開いて)明るくなりゆくその気配も静かなままに(立春の太陽が空を金色に染めてゆく。ああなるほど、あのはるかな)空のかなたから(朝日とともに)春はやってくるのだな。

 

 内容解説

さてさてブログ一首目の和歌となるわけですが、伝統に則り立春歌から。愛する俊成卿から。

春はどこからやってくるのか、という疑問に対して、天上から朝日とともにやってくるのだ、と答えた歌です。立春の朝、黎明の、東の空から真冬の門を開くように一条の光が空をさし、まっすぐ地上へと降りてくる。この上なく荘厳な、春の始まり。朝日が昇ることを、天の門が開くかのようだと表現したわけです。「天の門(あまのと)が明ける」で夜が明けるという意味です。立春の朝に限って使う言葉ではありませんが、ちょっと格調高い雰囲気。「明ける」に「門が開く」というイメージもかかっていますが、ここでは実際にどこか現実に存在する門を開けたわけではありません。

「雲居」は雲そのものを指すこともありますが、この歌では雲のあるところ、はるか天上を意味しています。係助詞「こそ」は強意。単に「空から」ではなく、「まさに立春の朝のあの空から」、光とともに新しい春がもたらされる。空が霞み、雪がとけ、若葉が芽吹く。鳥は鳴き、花はうつくしく、全ての春がここから始まる。


ところで、この歌はもともと「しづかにて」ではなく「のどかにて」だったようです。
天の戸のあくる気色ものどかにて雲ゐよりこそ春は立ちけれ(長秋詠藻・418)
「しづかにて」「のどかにて」、微妙に雰囲気が変わりますね。いずれも天下の安寧を慶ぶ言葉です。「雲居」は宮中をさす言葉でもありますから、つつがなく平和な治世を寿いでいる歌と解釈することもできます。

 

空の和歌

夜明けの月、桜が舞い踊る ― 山たかみ嶺のあらしに散る花の月に天霧るあけがたの空

恋は春の霞のように ― おもひあまりそなたの空をながむればかすみをわけて春雨ぞふる

あやめの香る雨のしずくに ― 五月雨の空なつかしきたもとかな軒のあやめの香るしづくに

 

 

古典文法解説・品詞分解は以下をお読みください。 

 古典文法説明

敬語「侍り」・格助詞「の」・けしき・「に」の識別・係助詞「こそ」

 

Q 「詠み侍りける」の 敬意の対象 は誰ですか?

A 読者です。丁寧語の「侍り」は「~です」「~でございます」と、書き手から読者への敬意を表します。おお自分のことか!と思わないように。『新勅撰集』は後堀河天皇の命令によって作られ、後堀河天皇に献上されたものですから、第一読者として想定されているのは後堀河天皇です。書き手にあたるのは編者である藤原定家です。

 「ける」は過去の助動詞「けり」の連体形です。連体形になっているのは、もともと「詠み侍りける(和歌)」だったのが、体言(名詞のことです)の「和歌」が省略されているからです。省略というか、次の行に和歌書いてあるしね。過去の助動詞「けり」がついていますので、「詠みます」に「でした」をつけて、「詠みました」にします。これも活用です。よって、「詠みました(和歌は、次の歌になります)」と補って解釈してください。

ん?連体形ってなに?そうきましたか。ざっくり説明しますよ。現代語でも「~したい」という時に、助動詞「たい」を、「食べたかろう」「食べたくて」「食べたい」「食べたい時」「食べたければ」と変化させますね。同じ言葉でも、下に来る言葉と接続するために語尾を変える必要があるわけです。それと同じで、古語でも過去の助動詞「けり」を「けら/○/けり/ける/けれ/○」と活用させます。ここでは、過去の助動詞「けり」を体言(名詞)に接続させるために「ける(歌)」と活用しているのです。気が向いたらきちんと説明しますね。そのうち。

ついでに、謙譲語の「侍り」は「~にお仕えする」という意味でしたね。んー?という方は文法の教科書か古語辞典を引いておきましょう。

 

Q 格助詞「の」は、「天の門の」を「天の門が」と訳していいんですか?

A 最初は連体修飾格の「の」。次は主格の「の」です。えーとなんだっけ?という方は文法の教科書で格助詞「の」を見てみましょう。教科書がない方は古語辞典で「の」をひくと解説が出ていると思います。格助詞「の」には5つの意味用法があります。①主格 ②連体修飾格 ③準体法(体言の代用) ④同格 ⑤連用修飾格。と出てくるはずです。用語は多少違うかもしれません。
「天の」は②連体修飾格、「門の」は①主格です。全部は覚えられないよという方は①と②だけ理解してください。残りは次の機会にでも。

①主格。「私が○○する」の「が」の部分に相当します。ここでは「天の門が明るくなる=夜が明ける」と解釈します。現代語でも使います。「私の愛する2次元」は「私が愛する2次元」とも言えますし、「彼のくれた指輪」は「彼がくれた指輪」と言い換えることができますね。どちらも入れ替え可能ですが、「が」の方をよく使うのではないでしょうか。

②の連体修飾格が一番わかりやすい。「私の本」「学校の机」などの「の」です。現代語でもよく使いますね。これは「が」と入れ替えるとちょっと古風な雰囲気になります。

 以下、③④⑤も説明します。どうせ覚えるならセットで覚えたほうがラクだと思いますが、覚えきれないと思ったら後からでもかまいません。

③準体法(体言の代用)、「私の本」「学校の机」と言う時に「本」や「机」を略することがあります。「この本だれの?」「私の」でも相手に通じると思ったときです。これが③準体法。同じ意味じゃないか!そうですね。ちょっとでも違ったら分類するのが学者魂です。②の連体修飾格というのは、体言(名詞)に連結するから連体。③の準体格は体言(名詞)に準ずるから「準体」。これはセットで覚えておきましょう。

問題は④の同格です。「名詞+の+~連体形(準体法)」を見つけたら同格の可能性があります。
「いと清げなる僧の、黄なる袈裟着たるが」のように、「名詞(人/物/事)の+連体形」のかたちを同格と言います。
「フルーツが入ったパフェの、チョコアイス乗せたやつが」と言いますね。これと似たような構図です。
「いと清げ」で「黄なる袈裟着たる」が、「僧」を説明するかたち。「フルーツが入った」で「チョコアイス乗せた」が、「パフェ」を説明するかたち。このとき、「説明+人(物・事)」と、ふたつめの「説明」のあいだを「の」でつなぎ、ふたつめの「説明」を連体形「着たる」にします。「~の、~なる」、「~の、~ける」などの形が出てきたら、同格を考えましょう。
今日はこのへんまで。同格が出てきたときに、詳しく説明します。

⑤の連用修飾格はいいでしょう。「ガラスの心」は「ガラスの(ように繊細な)心」という意味ですね。

 で、ようやくもとの和歌に戻ります。「天の門の明くるけしき」でした。あ!連体形がある!と早とちりしないように。「明くる」は「けしき」という体言(名詞)に接続するための連体形です。「明く」を「けしき」につなげるために「明くるけしき」の形にしています。「明くる」と「けしき」はつながっています。よって同格ではありません。「天の門「が」明るくなる」と考えて、主格の「の」。「門」を修飾する「天」と考えて、連体修飾格の「の」です。

「いと清げなる~」の引用は原岡文子訳『更級日記角川ソフィア文庫 2003より。

 

Q 古文単語 ―「景色」はそのまま「景色」と訳していいのでは?

A 古語の「けしき」は「気色」と書きます。「景色」と書くのは近世(江戸時代)になってからだそうなので(日本国語大辞典)、ここではひらがなで書きました。

そしてですね、古語で「気色」といった場合、①自然の風景やものの様子。以外にも、②あらわれるけはい。きざし。兆候。③人の表情や顔色、しぐさ、及び、そこから推測できる内面の思い、感情、心などの意味があります。などの、ということは他にも意味がありますので、余裕のある方は古語辞典をひいてみてください。

で、ここからが大事。試験において、ひとつの言葉が複数の意味を持つ古語の場合、どの意味であるかを現代語訳で明示しておく必要があります。いやいや太陽に表情も顔色もあるかい、明示しなくてもわかるでしょと言われればそうなのですが、模範解答としては「けしき」ではなく「気配」と訳しておきました。受験生としては、取れる点数は取っておくという心構えが良いかと思います。

 

Q 「に」の識別 ―「しづかにて」の「に」は、えーっと。

A でましたね。古典文法の、めんどうなの。まずは心を落ち着けて、文法の教科書か古語辞典をひいてください。文法の教科書を持っている方は、「まぎらわしい語の識別」のページを開いてください。教科書の後ろの方にあると思うのですが。古語辞典の方は「に」をひいてください。

 格助詞「の」には5つの用法がありましたが、「に」は違います。全く別の言葉が、同じ「に」という音になりました。同じ「に」にいくつかの意味があるのではなく、全く違う「に」がいくつもあるのです。いくつあるかというと、①完了の助動詞「ぬ」の連用形 ②断定の助動詞「なり」の連用形 ③ナリ活用形容動詞「○○なり」の連用形活用語尾 ④格助詞 ⑤接続助詞 ⑥副詞の一部 とあります。

ここでは③「ナリ活用の形容動詞「しづかなり」の連用形活用語尾」、つまり「静かに/て」ですので、③から説明します。そして、間違えるとしたら格助詞「にて」とも間違えるでしょうから、「静か/にて」ではないというところまで③で説明します。

格助詞「の」でおなかいっぱいだわ、という方は③だけ、もうちょっといけそうな方は①②③まで。どんとこい!という方は全部覚えてください。

 

③ナリ活用形容動詞「○○なり」の連用形活用語尾。これは一番見分けやすい。形容動詞ですから、なにかを形容しているわけです。「あはれに」とか「静かに」とか「あてに(上品に)」とか。現代語でも違和感のない表現ではないでしょうか。これは形容動詞なの?と思ったら古語辞典を引いてみましょう。
上に「とっても」をつけても意味が通るのが形容動詞です。「とっても静かに」。通じますね。形容しているのですから、どの程度「静か」なのかを言うこともできるわけです。
見分けるのは簡単ですが、答えるときには注意してください。記述問題であった場合、「ナリ活用の形容動詞「静かなり」の連用形活用語尾」までしっかり書かないと×になるおそれがあります。そうそう点はあげないのよん。ふふん。

で、「静か/にて」の格助詞ではないというお話し。格助詞「にて」というものがあります。が、格助詞「にて」は体言か連体形に接続します。「静か」は形容動詞「静かなり」の語幹ですから、格助詞「にて」が接続することはできません。「静かなり」の連体形は「静かなる」でしたね。何が「でしたね」なのかわからない方は、文法の教科書で格助詞「にて」と形容動詞を調べてください。
格助詞「にて」には「場所・原因・手段」などの意味がありますが、その意味で解釈することはできませんから、意味上も格助詞ではありません。


①完了の助動詞「ぬ」の連用形。連用形に接続します。「にき」「にけり」「にたり」などとあったら、これです。
②断定の助動詞「なり」の連用形。体言・連体形に接続します。「にやあらむ」などの形を取ります。
たとえば、「父はなほびとにて」の「に」は「なほびと」という体言(名詞)の下に接続していますから②の断定。
たとえば、「散りにけり」の「に」はタ行四段活用動詞「散る」の連用形に接続していますから、①の完了。「静かにて」の「静か」は形容動詞の語幹であって、連用形でも体言でも連体形でもありませんから、①②の可能性はゼロです。

 「に」の見分け問題は、「に」が何かを聞く問題というよりも、「に」の上の語が何かを聞く問題だと思ってください。「に」がきたら、上の語を見る。上の語の活用形が何かをチェックです。

①~③はだいじょうぶですか?だいじょうぶな人は④格助詞と⑤接続助詞の見分け方をどうぞ。全部は無理なら、無理はなさらず。

 

④格助詞。「格」というのは、その言葉がその文章の中でどういう役割なのかを示しています。「私にあなたがチョコを与える」だと、「私」に「あなた」から「チョコ」が譲渡されるという意味になります。「私があなたにチョコを与える」だと、「私」から「あなた」に「チョコ」をあげるから泣くな鼻水を拭けという意味になります。「に」にするか「が」にするかで、チョコをあげる人もらう人が変わります。これが格助詞の役割です。
格助詞は体言と連体形に接続します。「あなたに」とか「家に」とかの「に」です。上が体言(名詞)だったら、格助詞か②断定の助動詞「なり」の連用形を考えましょう。

⑤接続助詞。「今日はバレンタインだというのに、チョコをもらえなかった」の「のに」。(「のに」は現代語ですが、)逆説の接続助詞。「今日はバレンタイン」と「チョコをもらえなかった」というふたつの文を接続させているから接続助詞。接続助詞は連体形に接続します。がんばれ、負けるな。

⑥ラスト。副詞の一部。これは古語辞典を引きましょう。副詞かどうか書いてあります。形容動詞か副詞か文法上曖昧なものもありますが、それは将来国語学の研究者にでもなったら考えましょう。

つかれた?おつかれさま。全部一度に覚えるのは大変です。何度も説明しますから、覚えられるところから覚えていきましょう。

 

Q 係助詞の現代語訳 が難しいです。

A 係助詞は現代語では使いません。「これこそ伝説の宝だ!」「これぞ究極の麻婆豆腐だ!」と言うことはありますが、係り結びをおこさないので古語の係助詞とは違います。うまく現代語に訳せなければ無理をしなくてもかまいませんが、係助詞は試験に出ます。係助詞と言えば、「は・も・ぞ・なむ・や・やは・か・かは・こそ」でした。覚えてますよね?そのうち「ぞ・なむ・や・やは・か・かは」は文末が連体形になり、「こそ」は文末が已然形になる、でしたね?「ぞ・なむ・こそ」は強意で、「や・やは・か・かは」は疑問or反語でしたね?

「こそ」とあるので、最後が「立ちけれ」となっています。過去の助動詞「けり」が、係り結びを起こして已然形の「けれ」になっているのでした。
……文法の教科書開いてます?「こそ~已然形、…」逆接というパターンもあります。せっかくなので調べておきましょう。
ここの「こそ」は強調です。


よいですか?まとめますよ。
★丁寧語の「侍る」は、「~です」「~でございます」と訳す。書き手から読み手への敬意を表す。
 謙譲語の「侍る」も調べておくこと。

★「ける」は、過去の助動詞「けり」の連体形。「ける(歌)」が省略されている。

★「天の門の」の、最初の「の」は連体修飾格で「天の門」。次の「の」は主格で「天の門が」。

★古語「けしき」は「気色」と書き、①自然の風景やものの様子。以外にも、②あらわれるけはい。きざし。兆候。③人の表情や顔色、しぐさ、及び、④そこから推測できる内面の思い、感情、心などの意味がある。現代語訳をする際にはどの意味かわかるように訳すこと。

★「に」と来たら、「に」の上の語が何かを調べる。古語辞典を引きましょう。
「静かに」のように、何かの様子を形容している言葉は形容動詞。「ナリ活用形容動詞「静かなり」の連用形活用語尾」

★強意の係助詞は現代語訳しにくい場合が多い。ただし、係助詞の種類と係り結びの法則は覚えておくこと。

 

 品詞分解

名詞/格助詞/名詞/格助詞/カ行下2段活用動詞「明く」の連体形/
あま/の/と/の/あくる/けしき/

係助詞/ナリ活用形容動詞「しづかなり」の連用形活用語尾/接続助詞
も/しづかに/て

名詞/格助詞/係助詞/名詞/係助詞/タ行四段活用動詞「立つ」の連用形/
くもゐ/より/こそ/はる/は/たち/

過去の助動詞「けり」の已然形
けれ