和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

雪の和歌 雪の抱擁 ― 梅の花降りおほふ雪を包み持ち君に見せむと取れば消につつ

  雪を詠む
梅の花降りおほふ雪を包み持ち君に見せむと取れば消につつ
     (万葉集・春雑・作者不明・1833・8世紀)

English(英語で読む)

 

現代語訳

  雪を詠んだ(歌)
白梅の花―(ゆっくりと)降りつもり、(梅の花を)やさしく覆うその雪を私のてのひらに包んで、あなたに見せようと手に取ったところ、(積った雪はさらりとこぼれて)消えてしまった。(このうつくしさをあなたにも見せてあげたかったのに。)

 

内容解説

梅の花に雪が降るのはよくある情景ですが、「降り覆ふ雪を包み持ち」。これが秀逸。白梅の花を覆うかのように降り積もる、地に落ちる前のきれいな雪。雪と花とのやさしい抱擁。それを「君に見せむ」。意志の助動詞「む」で、「あなたに見せよう」。そう思って雪を大切に「包み持ち」というてのひらのしぐさ。そうしたらあっという間にとけて消えてしまった雪。一瞬の喪失感と、まなうらに残る恋人の姿。

 

いや、「君」が恋人か友だちか、はたまた家族か、これだけではわからないのですが、わたしが想像するに、「降りおほふ雪を包み持ち」という語感はとても優しくあたたかいものだと思うのです。それを見せたいと思う相手はやはり優しくあたたかい関係にある誰かではないかと。長年の友人かもしれません。それが「消につつ」。このうつくしい一瞬をあなたに見せたいと手にとったら消えてしまった。見てごらん、と言おうとした瞬間にこわれてしまった、はかなくもうつくしかったたなごころの世界。8世紀の、もしかしたらもっと昔の日本のどこかに住んでいた男性の、ため息のような恋の歌。

 

つくしい物を贈ったら喜んでくれるだろう人はいくらでもいるでしょうが、失ってしまったうつくしいものの話をしてわかってくれる人はそうそういないのではないでしょうか。うつくしい雪を見たのに、あなたに見せようと手に取ったとたんにとけて消えてしまったんです。そう聞かされてほほえんでくれる人は、きっと得がたい恋人なのではないかと。

 

君におくる和歌

あなたの影になりたい ― 恋すればわが身は影となりにけりさりとて人に添はぬものゆゑ

一瞬の、君 ― 朝影にあが身はなりぬ玉かぎるほのかに見えて去にし子ゆゑに

同じように愛している? ― はかなくておなじ心になりにしを思ふがごとは思ふらんやぞ

 

古典文法解説・品詞分解は以下をご覧ください。

 

古典文法解説

―「包み持ち」の主語・意志の助動詞「む」・偶然条件「ば」・詠嘆「つつ」

 

Q 「包み持ち」の主語は梅ではないんですか。

A どうなんでしょう。「梅の花は、降る雪を包み持つようにして」なのか、「梅の花に降る雪を私は包み持って」なのか。格助詞がないと、日本語は困る。これ、『万葉集』の他に『家持集』にも入っていて、そこではこのようになっています。
「むめがえに降り覆ふ雪を惜しみ持て君に見せんと取ればきえつつ・10」
これなら「持つ」の主語が「私」であることがはっきりわかる。これを参考にして主語を人にしました。『万葉集』の書き方だと主語はどちらにも解釈できそうです。
『家持集』にあるなら作者は大伴家持ではないのか、といいたいところですが、『家持集』はいろいろな人の歌が混在した家集なので、家持の歌だとは決められません。男性の歌だろうなという気はするのですが。

 

Q 「見せむ」の「む」は意志の助動詞ですか?

A はい。
「む」ときたら、①意志―わたしは~しよう。 ②適当―あなた~したほうがいいよ ③勧誘―あなた~しませんか ④推量―あいつは~するだろう ⑤仮定―~するとしたら ⑥婉曲―~ような の6つです。

①なら自分のこと、一人称。②③ならあなたのこと、二人称。④ならあいつのこと、三人称。⑤なら、もし~するとしたら。いずれも定まっていない未来をどう動かすかを示す言葉です。
⑥「む」が連体形なら婉曲です。はっきりと指し示さずぼかしながら、~のようなもの。と示します。定めずに示すという意味では①~⑤と通じるニュアンスがあります。
ここは、わたしは見せよう、ですから意志。

それから、ここは意志の助動詞「む」の終止形、です。…「見せむと」とあるから、格助詞「と」の前は連体形じゃないの?―よく覚えていました。えらい。ついでに、引用の格助詞「と」は例外的に終止形、命令形、係り結びの連体形や已然形などの文が終止する形につく、とも覚えてください。「『見せよう』と手に取った」という引用ですから、ここは終止形です。ややこしいね。

 

Q 「取れば」は仮定条件?確定条件?

A 「取らば」なら順接の仮定条件で「もし取ったとしたら~なる」。「取ら」はラ行四段活用動詞「取る」の未然形です。未然形に接続助詞「ば」がついたら、未来のこと。もし~したら。
「取れば」なら順接の確定条件で「取ったので~なった」、偶然条件で「取ったところ、偶然にも~なった」、恒常条件で「取ると、いつも~なる」。「取れ」はラ行四段活用動詞「取る」の已然形です。已然形に接続助詞「ば」がついたら、もう已に起っていること。~したから~なる。「已然形」の「已」は「すでに」という意味です。

ここは已然形についています。順接の確定条件で「手に取ったので雪がこぼれおちた」でしょうか、偶然条件で「手に取ったところ、偶然にも雪がこぼれ落ちた」でしょうか。手に取ったのが原因なのは、まあそうなのですが、落ちた原因を説明する歌ではなく、落ちたことに対するかなしみ、そんなつもりではなかったのにという思いを「消につつ」という口ごもるような口調に読み取って偶然条件に解釈しましたが、いかがでしょうか。

 

Q 「消につつ」の品詞分解がわからない。

A これは、ちょっと難しい。「消/に/つつ」です。「消に」まではわからなければとばしてもよいです。「つつ」に進んでください。
まず「消」。これは「消(け)」で古語辞典を引くとでているかと思いますが、ヤ行下二段動詞「消ゆ」の連用形「消え」の「え」の脱落。もっと説明すると、「消(け)」に、上代の自発の助動詞「ゆ」がついた「消ゆ(きゆ)」の連用形「消え(きえ)」の、「え」が発音されなくなったかたちです。「きえにつつ」なら、縮めて「けにつつ」でよかろとなったのでしょうか。
漢字表記だと「取者消管」。西本願寺本の訓だと「きえつつ」になっていて、これだと説明はいらないでしょう。

「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形。接続助詞「つつ」が連用形接続だから、「つつ」の上の「に」は連用形である。連用形の「に」は完了の助動詞「ぬ」か、断定の助動詞「なり」か、形容動詞の活用語尾。断定の助動詞なら上に体言か連体形があるはず。「消ゆ」は形容動詞ではない。完了の助動詞なら上に連用形がある。上の「消」は連用形。よって、「に」は完了の助動詞。

ついでに、「君に見せむ」の「に」は格助詞です。「格」というのは、その言葉がその文章の中でどういう役割なのかを示しています。「君に見せる」「君を見せる」「君が見せる」。格助詞を変えると、その文章における「君」の位置づけが変わります。「梅の花降り覆ふ雪を包み持ち」だと、「梅の花は、降る雪を包み持つようにして」なのか、「梅の花に降る雪を私は包み持って」なのかわからない。しかし『家持集』のように「むめがえに降り覆ふ雪を惜しみ持て」だと、「梅の枝に降り覆う雪をわたしは惜しみ持って」だとわかる。「梅の枝に」と格助詞「に」があるからです。これが格助詞です。

 

Q 「消につつ」の「つつ」は反復・継続? 動作の並行?

A いや、詠嘆でしょうね。和歌の末尾限定で、接続助詞「つつ」を詠嘆と解釈することがあります。『百人一首』にある「たごの浦にうち出でてみればしろたへの富士のたかねに雪はふりつつ」の「つつ」を、「雪が降り続けている」ではなく、「雪が降っているなあ」と解釈するようなものです。
動作の並行だと、「~しながら、~する」という意味ですからちょっと違います。手に取ったと同時に落ちてしまった、なので、手に取りながら消えた、ではない。
反復継続の「消につつ」では、手に取っては消え、手に取っては消え、あちこちの雪を落としてまわった、になってしまって、それはそれで楽しそうですが。


まとめます。
★「む」ときたら、①意志―わたしは~しよう。 ②適当―あなた~したほうがいいよ ③勧誘―あなた~しませんか ④推量―あいつは~するだろう ⑤仮定―~するとしたら ⑥婉曲―~ような

★未然形「取らば」なら順接の仮定条件で、「もし取ったとしたら~なる」。
 已然形「取れば」なら順接の確定条件で「取ったので~なった」、偶然条件で「取ったところ、偶然にも~なった」、恒時条件「取ると、いつも~なる」。

★接続助詞「つつ」は和歌の末尾に限り、詠嘆で解釈することがある。

 

品詞分解

  名詞/格助詞/マ行四段活用動詞「詠む」の連体形
  雪/を/詠む

名詞/格助詞/名詞/ハ行四段活用動詞「ふりおおふ」の連体形/
うめ/の/はな/ふりおほふ/

名詞/格助詞/タ行四段活用動詞「つつみもつ」の連用形
ゆき/を/つつみもち

名詞/格助詞/サ行下二段活用動詞「見す」の未然形
きみ/に/みせ/

意志の助動詞「む」の終止形/格助詞/
む/と/

ラ行四段活用動詞「とる」の已然形/偶然条件の接続助詞
とれ/ば/

ヤ行下二段動詞「消ゆ」の連用形「消え」の「え」の脱落/
け/

完了の助動詞「ぬ」の連用形/接続助詞
に/つつ