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和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

氷の和歌 ガラス越しの波 ― 春風に下ゆく波の数みえて残るともなきうす氷かな

春風にしたゆく波の数みえて残るともなきうす氷かな
  (壬二集・六百番歌合・春氷・藤原家隆/男性・303・12世紀)

 

English(英語で読む)

 

現代語訳

春風に(吹かれて氷の)下をゆく波の数が見え(るほどに透きとおっ)て、残るともなく消え残っている薄氷であるよ。

 

内容解説

詠まれた当時はあまり評価されなかったようですが、ガラス越しにさざ波を数えるような、氷の薄さと風に吹かれるまだ冷たい水の動きを詠んだ歌です。「下ゆく波」とは氷の下を流れる波のこと。冬のうちは厚く張っていた氷が春風にとかされて薄くなり、玻璃のように透きとおっている。その下を風に誘われた水がきらきらと波をたててくぐってゆく。凍りついた冬のあいだは沈黙を守っていた川が、春にふたたび流れ始める。

波をたてて流れる川に春風が吹き添うという意味なのか、春風によって流れのないはずの湖面にさざ波が立っているという意味なのか、ちょっとわかりにくいですが、「下ゆく水」という言葉が「川が流れる」という意味でよく使われるので、おそらく流れる川でしょう。「下ゆく波」という言葉が使われたのはこの歌が初めてです。

 

表面に氷があったら春風が波をたてることはないですし、そもそも上に氷が張っていたら波がたつはずもなく、それとも春風によってとかされた薄氷、とかかるのか、だいぶわかりにくい歌ではあります。「うすごほりのしたに浪のかずの見えける心、わりなく(理屈に合わない)侍れども」などと当時も言われており、そのあたりがあまり評価されなかったのかもしれません。

もちろん実景ではありません。『六百番歌合』という、お題をもらって歌を詠むイベントで、これは「春氷」というお題から春の氷を想像して詠んだ歌です。しかし理屈に合おうが合うまいが、この発想はさすがに家隆。タイトルに「ガラスごしの波」なんて適当なことを書きましたが、もちろん現代の窓にはめるような板ガラスはこの時代にはありません。うすく透きとおった氷の下をさざ波がさらさらと音をたてて流れる映像。まるでシネマグラフのような、繊細な景色のきらめき。

 

消えそうな和歌

花の上に、かすかな夕日が沈んでゆく ― 花のうへにしばしうつろふ夕づく日いるともなしに影きえにけり

薄氷と泡 ― 消えかへり岩間にまよふ水の泡のしばし宿借るうす氷かな

あなたの影になりたい ― 恋すればわが身は影となりにけりさりとて人に添はぬものゆゑ

 

古典文法解説・品詞分解は以下をご覧ください。

 

古典文法説明

上一段活用動詞「見る」・上代の助動詞「ゆ」・「とも」

 

Q 上一段活用動詞「見る」とヤ行下2段活用の「見ゆ」、および上代の助動詞「ゆ」

A 「見え/て」ですから、終止形は「見ゆ」です。上一段動詞の「見る」なら連用形は「見て」になるはず。「ゆ」は可能・自発・受身の上代の助動詞というイレギュラーキャラで、そのわりに時々出てきます。「見ゆ」や「覚ゆ」などのように動詞の下について可能・自発・受身のどれかの意味を付け加えます。
ここでは「可能」(氷が薄いので、波の数を)見ることができる、でしょうか。

どうやって上代の助動詞なんてものを思い出すのか、が問題ですが、まずは「見る」が上一段活用であることを覚えていることが大前提。いやいやいやいや、授業で必ず聞いているはずです。文法の教科書で上一段活用を調べてください。忘れたとは言わせません。そうすると、「見え/て」ときたとたんに「み・み・みる・みる・みれ・みよ」という活用のどこにもあてはまらないとわかる。ということは「見/え/て」か、「見る」とは違う単語か、どちらか。「見え」なら終止形は「見ゆ」になるはず。ヤ行書けますか。そこで古語辞典を引く。「見ゆ」。あるはずです。あれば、そこに上代の助動詞と書いてあります。

 

Q 「とも」

A そんなにテストに出るとも思わないのですが、①接続助詞「と」係助詞「も」 ②終助詞 ③格助詞「と」係助詞「も」 とがあるようです。ここでは③の引用です。「残る、というほどでもないけれど」という意味です。
②なら同意の終助詞。「いいとも!」の「とも」です。
①は逆接です。たとえ報われずとも、わたしは2次元を愛し続ける。うん、理解できますね。できない?

 

品詞分解

名詞/格助詞/名詞/カ行四段活用動詞「ゆく」の連体形/
はるかぜ/に/した/ゆく/

名詞/格助詞/名詞/ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」の連用形/接続助詞
なみ/の/かず/みえ/て/

ラ行四段活用動詞「のこる」の終止形/格助詞/係助詞/
のこる/と/も/

ク活用形容詞「なし」の連体形/名詞/終助詞
なき/うすごほり/かな