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和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

桜の和歌 桜がある限りどこまでも行ける― 桜花咲ける尾上は遠くともゆかむかぎりはなほゆきて見む

桜花咲ける尾上は遠くともゆかむかぎりはなほゆきて見む
     (躬恒集・屏風・凡河内躬恒/男性・415・9世紀)

 

現代語訳

桜の花が咲いている山の頂は(どれほど)遠くとも、行きうる限りはやはり(桜を見に)行って見たいよ。

 

内容解説

春と言えば桜だ、というのは平安時代から始まった、というお話しです。
作者は躬恒。凡河内躬恒。おおしこうちのみつね。『古今集』撰者のひとりです。名前と読み方と、覚えてあげてください。「屏風歌」といって、屏風に描かれた風景をテーマに詠んだ歌です。自宅の屏風ではなくて、身分の高い人が特別に作らせた豪華絢爛な屏風に歌を添える。綺麗な色紙にその歌を書いて屏風に貼り付け、マンガの吹き出しのように絵と歌の両方を楽しみます。この歌では遠くの山に見渡す限り桜が咲いている絵が描かれていたものと思われます。ですから実際の桜を目の前に見ているわけではありません。

 

「ゆかむかぎりはなほゆきて見む」。もう、どれだけ桜が好きなんでしょう。どれほど遠くても行ける限りは桜のために行こうってあなた仕事はどうするのって話ですが、もう仕事なんかどうでもいいのです。子どものようにまっすぐに、桜のある限りどこまでも行きたい。平安貴族は出勤簿に管理された官僚なので、花見にいきたいから行くなんて勝手なことはできません。それでも、春と言えば桜、ある限りの桜を見て桜色に染まってしまう心をあざやかに描ききった一首です。わくわくが止まらない躬恒さん。
千年を超えて、今年もあなたの愛した桜の季節が始まりました。

 

ところでこの歌、『躬恒集』以外に他出文献がないということは全く評価されなかったのでしょうか。屏風絵という平面の世界にこれだけの奥行きを持たせたという意味でも、もっと評価されるべき。


文法解説と品詞分解は以下をご覧ください。

古典文法解説

― 四段活用動詞「ゆく」・推量の助動詞「む」

 

Q 動詞の活用と接続について、くわしく。

A 動詞の活用と接続についてお話しします。「山にゆく」ということを言うために「ゆかむ」と「ゆきて」と違う形がある、というお話しです。ものすごく大切なお話しなので、活用や接続がわからない方は真剣に読んでください。


現代語でも、日本語には動詞の活用がありますね。中学の時に口語文法を習ったのではないでしょうか。「ゆか(ない)」「ゆき(て)」「ゆく」「ゆく(ので)」「ゆけ(ば)」「ゆけ(!)」という。これは大学受験では忘れてもよいのですが、古語の動詞もこれと一緒です。古典文法の教科書の、動詞のところを見てください。教科書のかなり最初のあたり。仮名遣いよりは後ろです。「動詞」という章だか節だかあるはずです。そこをざーっと読む。四段活用、上一段活用……と9種類の活用がありますね。動詞によって変化の仕方が違い、それが全部で9種類にわけられるという説明があります。何活用の動詞、というのはこのことを指しています。その次に、活用の種類や活用の用法が書かれていると思います。そこも読んでください。活用形の用法は特にじっくり読んでください。古文の例文も載っていますね。いま、全て覚えられなくても構いませんが、ここが古典文法の土台です。理解できるまで、覚えられるまで何度も読み返してください。

 

読むのに飽きたら次。四段活用のページを開けてください。動詞の活用表が載っています。教科書によって違う動詞だと思いますが、ここでは「ゆく」を例にとります。基本形が「ゆく」。これを活用させると、「未然形:ゆか(ず)/連用形:ゆき(て)/終止形:ゆく/連体形:ゆく(時)/已然形:ゆけ(ども)/命令形:ゆけ(!)」となります。母音だけ取り出すと「a/i/u/u/e/e」です。このなかで、活用しても変わらない部分を「語幹」と言います。語幹が「ゆ」。活用して変わる部分を「活用語尾」と言います。活用語尾が「か・き・く・く・け・け」ですね。(  )の中は動詞ではありません。その活用形に接続する主な言葉です。この接続が、次のポイントです。

 

かように、動詞は活用します。活用のパターンは9種類と決まっています。活用の意味も決まっています。ふたたび、活用形の用法のページを開いて、聞いてください。「ゆかむ」と「ゆきて」のお話しでした。
「ゆかむ」の「む」は、あとで説明しますが、推量の助動詞というものです。活用形の用法のページを開きつつ、助動詞の活用表を開いてください。文法の教科書なら表紙開けてすぐ、古語辞典なら巻末付録でしょうか。推量の助動詞「む」を探してください。見つかりましたか。接続を見てください。推量の助動詞「む」は活用語の未然形に接続すると書いてあります。ここ、重要です。推量の助動詞「む」は未然形に接続する。「ゆか」は「ゆく」の未然形ですね。まさか、四段活用のページを閉じていないでしょうね。同時に見てください。四段活用動詞の未然形「ゆか」に、推量の助動詞「む」が付くということです。活用形は、その言葉の下にどんな言葉が付くかによって変わります。そして、全ての助動詞は(ほとんどの助詞も)どの活用形に接続するかが決まっています。これ、覚えておいてください。活用形の用法のページも開いていますね。どの活用形にどの助動詞や助詞が付くか、主なものが書かれているのではないでしょうか。活用とは、下にどんな語が来るか、という意味です。接続とは、上にどんな語と活用があるか、という意味です。これを理解してください。

 

次、「ゆきて」。これも同じです。「ゆきて」の「て」は、あとで説明しませんが、接続助詞というものです。助動詞の活用表は閉じてかまいません。活用形の用法と、四段活用のページは開いたままで、助詞の意味・用法・接続のページを開いてください。文法の教科書なら裏表紙を開けてすぐです。接続助詞「て」を探してください。見つかりましたか。接続を見てください。接続助詞「て」は連用形に接続すると書いてあります。「ゆき」は「ゆく」の連用形ですね。四段活用のページも同時に見てください。四段活用動詞の連用形「ゆき」に、接続助詞「て」が付くということです。このルールは絶対に崩れることがありません。未然形に接続助詞「て」がついたり、連用形に推量の助動詞「む」が付くことは絶対にありません。


活用形と接続は、鍵と鍵穴のように必ず上下が一致します。ゆえに、覚えれば確実に答えが出せますし、得点できます。一度に覚えるのはきついでしょう。今日はまず、四段活用が「a/i/u/u/e/e」になること、推量の助動詞「む」が未然形に接続すること、接続助詞「て」が連用形に接続することを覚えて帰ってください。

 

と言っても例外はあって、助詞の接続に、「種々の語」とありますね。これは色々な語や活用形に接続するという意味で、副助詞の「し」など見分けがとても難しい。慣れないうちは深く悩む必要はありません。まずは接続が確定している言葉から覚えてください。

 

Q 推量の助動詞「む」の意味について

A 「ゆかむ」と「見む」。「ゆかむ」が婉曲で、「見む」が意志です。「む」ときたら、「意志・推量・勧誘・適当・婉曲・仮定」ということはぜひ覚えてください。文法の教科書か古語辞典で「む」を調べて、どうぞ。
「む」が連体形の場合は婉曲か仮定、と書かれていますね。活用形は下の言葉との関係ですから、下の言葉を見る。「む」の下は「限り」という体言(名詞)です。「限り」が名詞かどうかは古語辞典で調べてください。下に体言があるから、この「む」は終止形ではなく連体形ということになります。助動詞活用表で「む」を探してみてください。連体形も「む」の形になっています。よってここの「む」は婉曲。ですが、婉曲の場合は現代語に訳出するのが難しいので、無視する、なかったことにする、ことが多々あります。「行くような限り」では現代語としておかしい。「行きうる」と訳しましたが、可能のような訳になってしまいました。「行く限りは行く」でも現代語として変ですね。仮定で訳して「行けるとしたら」にしてみる。いやいや「行けたら行く」って言う人、まず来ない。ちょっと訳しにくい言葉です。
次、「見む」。見るのは誰かというと作者本人ですから、ここは意志。一人称だと意志。「自分が見る」。二人称だと勧誘「あなた見ませんか」三人称だと推量。「彼は見るだろう」。と考えてください。ここでは一人称の意志。「見に行くぞ」という意志です。

 

品詞分解

名詞/カ行四段活用動詞「咲く」の已然形/完了の助動詞「り」の連体形/
さくらばな/咲け/る/

名詞/係助詞/ク活用の形容詞「遠し」の連用形/接続助詞/
をのへ/は/遠く/とも/

カ行四段活用動詞「ゆく」の未然形/婉曲の助動詞「む」の連体形/
ゆか/む/

名詞/接続助詞/副詞/カ行四段活用動詞「ゆく」の連用形/
かぎり/は/なほ/ゆき/

接続助詞/マ行上一段活用動詞「見る」の未然形/
て/見/

意志の助動詞「む」の終止形


本日、我が大学の図書館前の桜の枝に最初の一輪が開きました。というわけで、しばらく桜の歌が続きます。どうぞおつきあいください。

トピック「ソメイヨシノ」について