和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

桜の和歌 この世のことは、思い通りにならない ― はかなさを恨みもはてじさくら花うき世はたれも心ならねば

  落花のこころをよみ侍りける
はかなさを恨みもはてじさくら花うき世はたれも心ならねば
     (千載集・雑歌・覚性法親王/男性・1053・12世紀)

 

現代語訳

  落花(を思う)心を詠みました(歌)
(散る花の)はかなさを恨み続けることはするまい。桜の花よ。憂き世は誰もが(そして私もまた)思い通りにはならない(でいずれは死ななくてはならない)ものなのだから。

 

内容解説

覚性法親王。正確には覚性入道親王鳥羽院親王で、仁和寺というお寺のお坊さんになった人です。
「じ」は打消意志です。「~するまい」。桜が散るのがはかないとか、寂しいとか、そんなことはもう言うまい。「たれも」の中には花も人も、覚性法親王自身もふくまれています。花だけが散るのではない。花が散るのははかないと言っているわたしもまたいつこの世を去るかわからない身なのだから、花を恨むことはもうするまい。

 

これ、作者が覚性法親王という出家者であることも効いていると思うんです。こういうこと言うの、お坊さんのほうが向いてる気がする。前々回鳥羽院もあの時点ですでに出家して法皇になっていますが、あの歌は出家者というよりもこの世の最高権力者の老いた立場で詠まれている。その点、覚性法親王には仁和寺の門跡を勤めた、いかにもお坊さんらしいお坊さんのイメージがあります。「恨みもはてじ」という打消意志の言い切りには、恨むという自分の心情を突き放したような、ドライな響きがある。

とはいえ、恨まない、とすっぱり諦めるなら和歌など詠む必要はないのです。恨むまい、とわざわざ詠むところに断ち切ろうとして断ち切れない花への愛執。自分が、花が、あなたが、わたしがという話では、もうない。生まれて死んで、この世を廻るすべてのものを出家者の持つこの世ならざる視線で見つめつつ、恨むことも悲しむことも思い果てて、ただため息のその先に思いをはせる。

 

 

古典文法解説

―丁寧語・倒置法・打消意志の「じ」・「心ならねば」の品詞分解

 

Q 丁寧語「侍る」

A 文法の教科書の、敬語のページを開けてください。古語辞典で「侍る」をひいてもかまいません。丁寧語と、謙譲語の両方に「侍る」があります。丁寧語なら補助動詞。謙譲語なら本動詞です。補助動詞は他の動詞にくっついて敬意を添えるものです。ここでは「詠む」という動詞にくっついて、「詠みました」という敬意を添えている。丁寧語は筆者から読者への敬意です。出典の『千載和歌集』は後白河法皇藤原俊成に命じて編纂させた勅撰集ですから、撰者である俊成から、第一読者である後白河法皇に向けての敬意です。
気持に余裕のある方は謙譲語の「侍る」も見ておいてください。

 

Q 倒置法

A 「うき世はたれも心ならねば」「はかなさを恨みもはてじ」の語順です。一番いいたいことは最後に言った方が印象に残るので、一番言いたい「うき世はたれも心ならねば」を最後においています。この世のことは、誰も思い通りにできない。命に限らず、思い通りにならないものはこの世に多々あるのですが。

 

Q 打消意志の「じ」

A 打消意志「~するまい」か、打消推量「~しないだろう」か、どちらかの訳になります。活用はほぼ終止形に限られる。自分の意思なら打消意思。他人が~しないだろうと推量するなら打消推量。「恨み果つ」恨んで恨んで恨み通す、ようなことはするまい、という打消意思で使われています。
そもそも助動詞とは活用するもので、「○/○/じ/じ/じ/○」と活用する(活用しない)「じ」をなぜ助動詞に入れるのか、終助詞ではいけないのか、わたしもよくわからないのですが、そのうち調べたら追記します。
ここでは「じ」の終止形です。連体形ではない。「はてじ」、でいったん文章が切れて、「さくら花」は呼びかけだからです。「果てないさくら花」ではない。

 

Q 「心ならねば」の品詞分解

A 「心/なら/ね/ば」ですが、「心ならず」で一語と扱ってよいでしょうか。「心ならね/ば」でもよいかと思います。
前々回、「生け/ら/ば」という言葉がありました。「ば」ときたら、まず切り離しましょう。接続助詞の「ば」です。「ば」を切り離したら直前の言葉を見ましょう。「心ならね」です。これが未然形か已然形のはずです。接続助詞「ば」は、未然形に付いて仮定条件を、已然形に付いて確定条件を表すからです。「?」という方は、文法の教科書で接続助詞「ば」を見てください。
で、この「ね」が已然形か未然形なわけです。已然形の「ね」といえば、打消の助動詞「ず」の已然形です。「?」という方は、文法の教科書の、まぎらわしい語の一覧のページをご覧ください。「ね」の欄に、①打消の助動詞「ず」の已然形 ②完了の助動詞「ぬ」の命令形 ③ナ変動詞「死ぬ/去ぬ」の命令形活用語尾 とあります。已然形は打消の助動詞だけです。①で決まり。では、「ね」の上は何か。打消の助動詞は未然形接続です。つまり、「ね」の上にある言葉が未然形である。上にある言葉は「なら」です。未然形の「なら」は断定の助動詞「なり」です。ラ行四段活用動詞「なり」の未然形「なり」という候補もありますが、体言「心」についていることと、状態の変化ではないことから、ここは断定の助動詞だと判断します。
「ならず」で古語辞典を引くという手もあります。終止形、基本の形はなんだろうとあれこれ活用させてみて、その形で古語辞典をひくと、「ならず」の形で古語辞典に載っていて、断定の助動詞に打消の助動詞が付いたもの、と説明されていることがあります。ひとつひとつ分解して考えるより、楽です。
「ね」が已然形だとわかったところで、已然形+接続助詞「ば」は確定条件です。「思い通りにならないので」と訳します。

 

品詞分解

       名詞/格助詞/名詞/格助詞/
  落花/の/こころ/を/

  マ行四段活用動詞「よむ」の連用形/ラ行四段活用動詞「侍る」の連用形/
  よみ/侍り/

  過去の助動詞「けり」の連体形
  ける

名詞/格助詞/名詞/格助詞/タ行上二段活用動詞「はつ」の未然形
はかなさ/を/恨み/も/はて/

打消意思の助動詞「じ」の終止形/名詞/名詞/係助詞/名詞/係助詞/
じ/さくら花/うき世/は/たれ/も/

名詞/断定の助動詞「なり」の未然形/打消の助動詞「ず」の已然形/接続助詞/
心/なら/ね/ば