和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

夏の和歌 夜の清水に月が映る ― さらぬだに光涼しき夏の夜の月を清水にやどしてぞみる

さらぬだに光涼しき夏の夜の月を清水にやどしてぞみる
    (千載集・夏歌・題しらず・顕昭法師・213・12世紀)

 

現代語訳

ただでさえ(夜空にあるだけで)光涼しく見える夏の夜の月を冷たい清水に映して見る(時の、なんと清らかに澄みきった輝きだろう)。

 

内容解説

明日は満月だそうです。それもブルームーンという珍しい満月だそうで、月を見るよりエアコンの方が涼しいという現代人の性もレアな満月を見たら少し涼しくなるかもしれません。「さらぬだに=さあらぬだに=そうでなくてさえ=ただでさえ」という意味です。顕昭という人、歌人というよりは学者肌の人だったようで、歌そのものはあまり高い評価を得た人ではないそうですが、たまによい歌を詠む。

 

夏の月が涼しいという発想も月を水に映すという発想も顕昭のオリジナルではありません。よくある歌です。ただでさえ涼しく見える夏の夜の月を清水に宿したらどうなるかを説明していないから想像の余地がある、とか何とか理屈をつけられないこともないでしょう。「さらぬだに」も「光涼しき」も「夏の夜」も「月を清水に宿す」も何もかも顕昭のオリジナル表現ではない。それなのに、特に目新しくもない言葉をさらりとつなげただけなのに夏の夜の月の白く清らかな美しさをここまで印象づけている。夏の夜の、ゆらぐ水にゆれる月。心の揺らぎまでを写しとった一首。

 

夏の月、というより夏の夜が涼しいのでしょう。昼の激しい暑さを忘れさせるように流れる冷たい水に氷のように白々と夏の夜の月が映る。川の水だか池の水だかわかりませんが月の姿が映るのだからそれほど激しい流れではない。といってよどんだ水でもない。空は暗く風は涼しく、水の流れが昼の暑さを洗い流して静かに月を映している。

 

文法解説

Q 「去らぬだに」だと思いました。

A そうですよねえ。英語でも単語以外に熟語を覚えます。「It goes without saying that…」で「言うまでもない」だの、「as soon as」で「するとすぐに」だの、ひとつひとつの単語の意味から類推できなくはないかもしれないけど、ひとつの言い回しとして覚えたほうが楽だから覚える。いや、覚えるのは楽じゃないかもしれないけれど試験中に意味を考えるより覚えてしまったほうが効率がいいから覚えている。というわけで、「さらぬだに」も丸ごと覚えたほうが効率がいいと思います。
「さらぬだに」で古語辞典をひけば出てくるのではないでしょうか。辞書の項目は、長い文章を品詞分解した最小単位ごとに作られています。分解できる言葉がわざわざひとまとまりで項目に挙がっているということは、それだけ分解したらわかりにくい言葉だということです。だから、まとまりのまま覚える。と、いいと思います。

 

Q 「見る」は上一段活用。

A 「着る/見る/干る/煮る/射る/居る」などと授業で唱えましたね。唱えた以上は試験に出ます。忘れないようにしましょう。ここでは係助詞「ぞ」の結びになっていますから連体形です。
上一段、上二段、下一段、下二段と活用パターンがありました。この歌とは関係ないのですが、この4つの動詞は未然形と連用形が一緒です。「見る」なら「み/み/みる/みる/みれ/みよ」。たとえば、たとえばですが、「見ぬ」とあったらどう訳しますか。助動詞「ぬ」にはふたつ種類があって、見分け方が決まっていました。上が未然形なら打消しの「ず」の連体形、上が連用形なら完了の「ぬ」の終止形です。ところが、「見る」は未然形と連用形が同じ「見」ですから、上の接続だけでは「ぬ」の見分けがつかない。「ぬ」自体が連体形か終止形かで見分けるしかありません。連体形か終止形かは「ぬ」の後の言葉を見ないと判断がつきません。「ぬ」で文章が切れていたら終止形。体言(名詞)につながっていたり、係り結びだったりしたら連体形。気をつけてください。

 

品詞分解

副詞「さ」+ラ変動詞「あり」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形/
さらぬ/

副助詞/名詞/シク活用形容詞「すずし」連体形/名詞/格助詞/
だに/光/すずしき/夏/の

名詞/格助詞/名詞/格助詞/名詞/格助詞/
夜/の/月/を/清水/に/

サ行四段活用動詞「やどす」の連用形/接続助詞/係助詞/
やどし/て/ぞ/

マ行上一段活用動詞「見る」の連体形
みる