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和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

夏の和歌 涼しさがうれしいのは夏だからだよね ― 蝉の鳴く木末を分けて吹く風に夏を忘れて夏にこそあへ

夏歌(Summer) 夏歌(Summer)-風(Wind) 大学受験によく出る古典文法
蝉の鳴く木末を分けて吹く風に夏を忘れて夏にこそあへ
  (他阿上人集・夏・他阿上人/男性・882・13世紀)

 

現代語訳

蝉が鳴く木々の梢をわけて吹き下ろす風の涼しさに、(思わず)夏の暑さを忘れて(涼んだと思ったけれど、そうではなくて、夏を忘れさせるこの涼しさこそ私がこの)夏のただなかにいる(ということな)のだ。

 

内容解説

暑いですね。暑かったんでしょうね。木立の、木陰の中を歩いているのでしょうか。頭上には途切れることなく蝉の声が響いている。直射日光ではないかもしれませんが、じっとりと汗が止まらない。暑さにうんざりと空を見上げたらその蝉が鳴いている梢がふとゆらいで涼しい風が吹き下ろしてきて、それは思わず夏であることを忘れるほど涼しい風だった。忘れたと思うほど涼しかった。嬉しかったんでしょう。暑い道を歩いているときの耐えがたさは耐えがたいものがあります。首元をぱたぱたさせて目を閉じて、まるで夏ではないようだ、夏を忘れたような涼しさだと思って、ふと手が止まって、いや違う。この涼しさこそ、涼しさが嬉しいと思うことこそがまさに夏だったのだと。

 

夏を忘れたのは他阿上人だけではなかったようで、こんな歌もあります。
わが宿の泉の水のすずしさに夏を忘れて秋を知るかな
  (堀河百首異本歌・夏・泉・公実/男性・12世紀・529)

 

水の涼しさに夏を忘れて秋が来たかと思った、錯覚した、のだそうです。だいぶおおげさですが、詩的表現として一定の成果をあげているといってよいでしょう。他阿上人の歌はそれをさらに反転させて夏にあう、とあります。和歌を作る際のルールというのがいくつかありまして、ふつうひとつの歌の中で同じ言葉を2度使うのは禁止されています。31文字という短い中で同じ言葉を繰り返すと表現の幅が狭くなってしまうからです。この歌のように「夏」という言葉を一首のうちに2度用いるのは意図的に型を破った表現です。歌が現代に伝わる過程で誤写でもされたかとも考えましたが、特に異同は示されていないようですし、「こそ」という強意がありますからやはり意図的に「夏」を2回使っているのだと思います。夏を忘れるほどのこの涼しさこそが夏の喜び。

 

夏にあう。会う、でしょうか。その季節に会う。夏を忘れて夏に会う。夏に会うという表現は少ないのですが、春に会う、秋に会うという表現はよく使われます。単にその季節が来るという意味ではなくて、その季節の恵み、美しさに会えたこと、自分にその命があったことへの感慨を含んだ表現です。特別なことなんてなくても、季節はいつだって一度きり。クーラーの効いた部屋、冷たい麦茶、素麺、海、チョコアイス。夏は暑くてたまらなくて、でも暑いから楽しめるものもあって、この猛暑も暑い暑いと言っているうちにいつかは思い出になってしまうのでしょう。

 

 古典文法解説

 

Q 「蝉の鳴く」の、「の」

A 前の回のコピペですが、復習用にどうぞ。
ここは主格の「の」です。えーとなんだっけ?という方は文法の教科書で格助詞「の」を見てみましょう。教科書がない方は古語辞典で「の」をひくと解説が出ていると思います。格助詞「の」には5つの意味用法があります。①主格②連体修飾格③準体法(体言の代用)④同格⑤連用修飾格。と出てくるはずです。用語は多少違うかもしれません。
全部は覚えられないよという方は①と②だけ理解してください。残りは次の機会にでも。

 

①主格。「私が○○する」の「が」の部分に相当します。ここでは「蝉の鳴く」=「蝉が鳴く」と解釈します。現代語でも使います。「私の愛する2次元」は「私が愛する2次元」とも言えますし、「彼のくれた指輪」は「彼がくれた指輪」と言い換えることができますね。どちらも入れ替え可能ですが、「が」の方をよく使うのではないでしょうか。

 

②の連体修飾格が一番わかりやすい。「私の本」「学校の机」などの「の」です。現代語でもよく使いますね。これは「が」と入れ替えるとちょっと古風な雰囲気になります。

 

以下、③④⑤も説明します。どうせ覚えるならセットで覚えたほうがラクだと思いますが、覚えきれないと思ったら後からでもかまいません。


③準体法(体言の代用)、「私の本」「学校の机」と言う時に「本」や「机」を略することがあります。「この本だれの?」「私の」でも相手に通じると思ったときです。これが③準体法。同じ意味じゃないか!そうですね。ちょっとでも違ったら分類するのが学者魂です。②の連体修飾格というのは、体言(名詞)に連結するから連体。③の準体格は体言(名詞)に準ずるから「準体」。これはセットで覚えておきましょう。

 

問題は④の同格です。「名詞+の+~連体形(準体法)」を見つけたら同格の可能性があります。
「いと清げなる僧の、黄なる袈裟着たるが」のように、「名詞(人/物/事)の+連体形」のかたちを同格と言います。
「フルーツが入ったパフェの、チョコアイス乗せたやつが」と言いますね。これと似たような構図です。
「いと清げ」で「黄なる袈裟着たる」が、「僧」を説明するかたち。「フルーツが入った」で「チョコアイス乗せた」が、「パフェ」を説明するかたち。このとき、「説明+人(物・事)」と、ふたつめの「説明」のあいだを「の」でつなぎ、ふたつめの「説明」を連体形「着たる」にします。「~の、~なる」、「~の、~ける」などの形が出てきたら、同格を考えましょう。
今日はこのへんまで。同格が出てきたときに、詳しく説明します。

ここまで、コピペでした。記憶にあれば、嬉しいのですが。

 

Q 「あへ」は已然形で、命令形ではない。

A 四段活用動詞の場合、已然形と命令形が同じ形になります。命令形で訳さないようにしてください。「会え」と命令しているのではなく、係助詞「こそ」の結びで已然形になっています。係助詞は「は・も・ぞ・なむ・や・か・やは・かは・こそ」と覚えました。覚えていない人は覚えてください。お願いします。このうち「ぞ・なむ・や・か・やは・かは・こそ」は係り結びを起こします。「ぞ・なむ・や・か・やは・かは」より下にある動詞のどれかが連体形になり、「こそ」より下にある動詞のどれかが已然形になります。

係助詞の基本は、「これって【すっごい/めっちゃ/ぜったい】何とかなんだ【よ!】」です。【すっごい/めっちゃ/ぜったい】の部分が係助詞。【よ!】の部分が係り結びです。結んでもらわないと、これって…が何を指しているのかわかりません。ここでは「まさに夏という季節に会ったんだよ!」です。「まさに」が「こそ」。「あへ」が「会ったんだよ!」です。よ!と強調してるわけです。と、ここも前回のコピペですが覚えていらしたでしょうか。覚えていてくださったならそれ以上のしあわせはありません。

 

品詞分解

名詞/格助詞/カ行四段活用動詞「鳴く」連体形/
蝉/の/鳴く/

名詞/格助詞/カ行下二段活用動詞「分く」連用形/接続助詞/
木末/を/分け/て/

カ行四段活用動詞「吹く」連体形/名詞/格助詞/名詞/
吹く/風/に/夏/

格助詞/ラ行下二段活用動詞「忘る」連用形/接続助詞/
を/忘れ/て/

名詞/格助詞/係助詞/ハ行四段活用動詞「あふ」已然形
夏/に/こそ/あへ