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和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

恋の和歌 風邪をひいたのに彼氏が見舞いに来なかった話 ― 死出の山ふもとを見てぞ帰りにしつらき人よりまづ越えじとて

  心地損なへりけるころ、あひ知りて侍りける人の訪はで
  心地おこたりてのちとぶらへりければ、詠みてつかはしける 
死出の山ふもとを見てぞ帰りにしつらき人よりまづ越えじとて
   (古今集・恋歌五・兵衛/女性・789・9世紀)

 

現代語訳

  (私が)病気をしていたころ、恋人であった男が見舞いにもこないで、
  (私の)病気がよくなった後に(彼が)見舞いをよこしてきたので、
   詠んで送った(歌)

(ほんと死にそうだったの。あの世に行く山を登るかと思ったの。でも)死出の山のふもとを見ただけで帰ってきたわよ。薄情なあなたより先には越えないわと思って。(あなたより先に死んでたまるものですか!)

 

内容解説

お花畑でおじいさまが手招きしてるのが見えたわよ! でしょうか。彼女の体調が悪いときにどうするか、というお話しです。彼女が風邪か食あたりか知りませんが病気をしていて、その時には特に連絡もしなかったし訪ねても行かなかった。しばらくして体調が良くなったと聞いてから連絡をしたらこの歌が返ってきた、のだそうです。そりゃそうでしょう、体調悪いのに何も連絡なかったらそりゃ文句のひとつもあるでしょう。いや、だって体調良くなってから連絡してるし。いや遅いんだって。いや、体調悪い時に見舞いに行ったら、すっぴんだから会えない! とか言われるし。いや、だったら手紙書けばいいじゃない。とか、まあ、そんな感じ。

 

もうね、『古今集』ですよ。905年成立ですよ。作者兵衛の生没年はわかりませんが、お父さんの藤原高経が893年に亡くなっていますからその頃に生きていた女性です。この時代からこういうことやってるんですから千年経ったくらいでわかりあえるようになるわけないです。どうなんでしょう。彼氏のほうも忙しかったんでしょうか。病気というから遠慮したんでしょうか。たいしたことないだろうくらいに思っていたのでしょうか。

 

で、こういう場合どうしたらいいんでしょう。ほんと死ぬかと思ったんだけどなんて言っているあたり、別にそこまで怒ってなさそうですけれど。わたしだったら? んー、桃持ってお見舞いに来てほしいかなーって。

 

 

古典文法解説

の前に、「心地損なへりけるころ、あひしりて侍りける人の訪はで心地おこたりてのちとぶらへりければ、よみてつかはしける」をどう読むか。現代語訳は「(私が)病気をしていたころ、恋人であった男が見舞いにもこないで、(私の)病気がよくなった後に(彼が)見舞いをよこしてきたので、詠んで送った(歌)」になります。古文はとにかく主語がない。目的語もない。それでよく当時の人も読めた物だと思いますが、受験生にはつらいところです。

古文を読むときにはまず何よりも先に主語を考えて下さい。どの動きが誰の動きかです。彼女の行動・状況は「心地損なへりけるころ」「心地おこたりて」「よみてつかはしける」で、彼氏の行動は「訪はで」「とぶらへりけれ」です。なんでわかるの? なんでわかるんでしょう。慣れたからです。どうやって慣れたのでしょう。さっさと現代語訳を見たからです。もう何度でもお勧めします。読めるようになりたければ古文ではなく古文の現代語訳を読みましょう。図書館にあるような古典文学全集ではありません。受験生用に売られている参考書か問題集の現代語訳です。このブログの現代語訳でもかまいません。文の形を崩さずに訳されているものです。

平安時代の貴族人口、ご存じですか? 1000人かそこらです。古文はキホン内輪の話です。仲間内でわかればいい話ですから仲間内で分かるようにしか書かれていません。後世の人が読むことももちろん考えていますが、それは後世のわかる人だけがわかればいいくらいに思っていたのでしょう。貴族ですから。我々平民に読まれるなんて、??? くらいでしょう。内輪ネタはどうしても省略が多くなるのは世の常です。わたしたちだって仲間内で話すときはいちいち説明しません。しなくてもわかるもの。

ですから、我々千年後の平民が読むためにはまず省略を補わなくてはなりません。文法を覚えるより単語を覚えるより何より大切なのは省略を補うことです。最も大切なのは主語を補うことです。でも、ないものを補うなんて突然できるようにはなりません。どこに「ない」のかがわからないから。手っ取り早いのは「補われているもの」を読むことです。現代語訳。受験生の用の現代語訳。懇切丁寧に補われていますから。

んで、つまずくのはたぶんここ。「あひ知りて侍りける人の訪はで心地おこたりてのちとぶらへりければ」のところ。ここで主語がわからなくなる。「誰かが心地損なっていたころ、その誰かの知り合いの人」までは何となくあっていますね。「誰か」はここでは「兵衛」という女性です。「知り合いの人が訪う」なのか、「知り合いの人を訪う」なのかでつまずき、「訪う」と「心地おこたった」のあいだの「で」をどうつなげていいかわからず、「心地損なった」人と「心地おこたった」人はたぶん同じ人だけど、じゃあ「とぶらった」のは誰? と、このあたりでさっぱり、でしょうか。そんなものです。みんなそうです。

じゃあ文法・単語は何のために覚えるのかといえば、もちろん主語を含めた文脈を理解するためです。わからないのは【  】内の部分です。「あひ知りて侍りける人【の】訪は【で】心地おこたる」。【の】からいきましょう。格助詞の「の」です。文法の教科書を開けて下さい。「人+の+動詞」があるときはまず主格だとかんがえてください。格助詞「の」のページを見てください。「知り合いの人が訪う」です。では「訪う」と「心地おこたる」の間の【で】。これは接続助詞です。接続助詞「で」のページを見てください。打消の接続と書いてありますね。直前の「訪う」を打消して「心地おこたる」につながるという意味です。ですから「訪はないで、心地おこたる」と訳します。

ここまでをつなげると、「兵衛が心地損なっていたころ、兵衛の知り合いの人が訪わないで、心地おこたる」となります。ここで古文単語の知識。「心地」には気分・考えという意味の他に、健康上の自覚、という意味があります。古語辞典をひいてみてくださいね。「損なふ」には病気になるという意味があり、そして「おこたる」。これは重要古語です。「おこたる」には病気が治る、という意味があります。つまり、「兵衛が病気になっていたころ、兵衛の知り合いの人が、訪わないで、兵衛の病気が治った」という訳になります。つまり、兵衛の知り合いの人が、兵衛の体調が悪いのにお見舞いに来なくて、来ないうちに兵衛の病気が治った」という意味です。

後半、「心地おこたりてのちとぶらへりければ」です。訳すると「兵衛の体調が治った後で、訪ねてきたので」。訪ねてきたのは誰? 知り合いの人ですね。「とぶらへりければ」の「ば」は「ので」と訳します。文法の教科書で、接続助詞「ば」をひいてください。「ば」の前が已然形なら確定条件、未然形なら仮定条件などと書いてありますね。「ば」のまえにある「けれ」が已然形なら「~ので」、未然形なら「~したとしたら」と訳しなさいという意味です。「けれ」は何でしょう。これは過去の助動詞「けり」です。文法の教科書で調べてみてください。「けり」の活用表です。「けれ」は已然形だと載っているはずです。「訪ねてきたので、詠んで送りつけてやった歌」という訳におさまりました。

わからなくなってきた、という方は古文と現代文を見比べて古語辞典と文法の教科書を見比べて理解しようと努力してみてください。わかろうと努力するとわかる、ということが世の中にはあります。なのですが、中にはわからないこともあって、未だに主語が確定していない古文はたくさんあります。『源氏物語』だって未だに誰が主語なのかもめている箇所がありますし、教科書に載っている古文だって明日には新しい解釈が出てひっくり返るかもしれません。だから研究はやめられないのです。


ようやく和歌の文法解説

Q 「帰りにし」を品詞分解してみる。

A 上から順番に見ていきましょう。「帰り」これはなんでしょう。動詞です。終止形は「帰る」です。ではなぜ「帰る」が「帰り」になっているのでしょう。下に「に」があるからです。ではなぜ「に」がつくと「帰る」が「帰り」になるのでしょう。「に」が「帰る」を連用形に変えたからです。ではこの「に」は何者でしょうか。

……ちょっと待って、「帰り」が名詞である可能性はないのですか? ――名詞、かもしれませんね、下に「に」があるから。名詞+格助詞「に」かもしれないですが、それだと前後の整合性がとれない。「ふもとを見て、その帰りに、し、薄情な人」だと「し」の説明がつかない。ので残念。

次、「に」に行きましょう。文法の教科書のかなり後ろの方に、まぎらわしい語の見分け方、みたいなページがあると思います。そこに「に」の見分け方が書かれていないでしょうか。たぶんあると思います。見てみましょう。ありました。完了の助動詞「ぬ」の連用形の「に」の場合、連用形に接続する、と。つまり、上の動詞「帰り」が連用形であれば、その下にある「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形であるということです。おお、ちょうどよかった。「に」が「帰る」を「帰り」に変えたのは、「に」が連用形接続の言葉だからでした。ですので、この「に」は完了の助動詞。ではなぜ完了の助動詞「ぬ」が連用形「に」になってしまったのか。それは「ぬ」の下に「し」があるからです。ではこの「し」は何者でしょうか。

文法の教科書の、まぎわらしい語の見分け方、を開いていますね。そこに「し」もあると思います。見てみましょう。ありました。過去の助動詞「き」の連体形「し」は連用形に接続すると書いてあります。「し」の前の「に」が連用形なら、「し」は過去の助動詞「き」の連体形だということになります。「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形だと先ほど確認しました。おっけ。

では、ラストです。なぜ過去の助動詞「き」は連体形「し」の形になっているのか。それは下についている「つらき」が…えっと「つらき」が体言なはずなんだけど、体言じゃないんだけど…。はい、そういうときには、活用形の用法、のページを見ましょう。文法の教科書のかなり最初のほうに、活用形の用法、みたいなページがあると思います。そこに、連体形が使われるパターンが書かれているはずです。そう、係助詞の結びです。「ふもとを見て【ぞ】帰りに【し】」。係助詞「ぞ」の結びで連体形になっているのでした。おしまい。

 

Q 越えじ、は打消意志か、打消推量か、どちらか。

A 「じ」という助動詞があります。文法の教科書をみてください。打消意志「~しないつもり」か、打消推量「~しないだろう」かどちらかの訳になります。自分のことなら意志、他人のことなら推量と覚えておいてください。ここは「越えない」と自分の意志です。

解説したのはわかりにくいところだけです。もう少し自力で読めるようになりたいなーという方は下の品詞分解を参考に、自分で活用形と接続の関連性を見てみてください。下の言葉が何に接続するかによって、上の言葉の活用形が変わる。このふたつは常にセットです。活用形には、常に理由がある。なぜその語がその活用形なのかを考えつつ、品詞分解をしてみてください。

 

品詞分解

  名詞/ハ行四段活用動詞「損なふ」已然形/完了の助動詞「り」連用形/
  心地/損なへ/り/

  過去の助動詞「けり」連体形/名詞/ラ行四段活用動詞「あひしる」連用形/
  ける/ころ、/あひしり/

  接続助詞/ラ行四段活用動詞「侍る」連用形/過去の助動詞「けり」連体形/
  て/侍り/ける/

  名詞/格助詞/ハ行四段活用動詞「訪ふ」未然形/接続助詞
  人/の/訪は/で/

  名詞/ラ行四段活用動詞「おこたる」連用形/接続助詞/名詞/
  心地/おこたり/て/のち/

  ハ行四段活用動詞「とぶらふ」已然形/完了の助動詞「り」連用形/
  とぶらへ/り/

  過去の助動詞「けり」已然形/接続助詞/マ行四段活用動詞「よむ」連用形/
  けれ/ば、/よみ/

  接続助詞/作業四段活用動詞「つかはす」連用形/過去の助動詞「けり」連体形/
  て/つかはし/ける

名詞/格助詞/名詞/名詞/格助詞/マ行上一段活用動詞「見る」連用形/ 
死出/の/山/ふもと/を/見

接続助詞/係助詞/ラ行四段活用動詞「帰る」連用形/
て/ぞ/帰り/

完了の助動詞「ぬ」連用形/過去の助動詞「き」連体形/
に/し/

ク活用形容詞「つらし」連体形/名詞/格助詞/副詞/
つらき/人/より/まづ/

ヤ行下二段活用動詞「越ゆ」未然形/打消しの助動詞「じ」終止形/
越え/じ/

格助詞
とて