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和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

嘆きの和歌 いい事なんて、何ひとつなかった ― 待つことのあるとや人の思ふらん心にもあらでながらふる身を

雑歌
  としごろ沈みゐてよろづを思ひ嘆きてはべりけるころ 
待つことのあるとや人の思ふらん心にもあらでながらふる身を
     (後拾遺集・雑三・藤原兼綱/男性・983)

 

現代語訳

  長年落ちぶれて全てを思い嘆いておりましたころ
(これほど絶望に満ちた人生を送っている私がまだ生きながらえているのは、この先に何か良いことがあると私が)期待しているからだとでも人は思うだろうか。(そうではなくて、死ぬまでのあいだ、ただ)心にもなく生きながらえている(だけの希望も喜びもない私の)身を。

 

内容解説

なんというか、そのままの歌ですが。今はつらいしこの先もつらいというだけなら、まあよくある歌なのですが、「待つことのあるとや人の思ふらん」、このため息に吐きだされた思いをどうしたものか。我が身を嘆いて貶めるだけならまだしも、人はそんな自分を馬鹿にしているだろうと思って生きる毎日。それも、不幸なやつ哀れなやつと指をさされるだけならともかく、あいつはこの先の人生になにか良いことがあるとでも信じているから生きているのか、おまえにそんな日が来るわけないだろうがと、きっとまわりは嘲弄していると思いながら生きる日々。

 

そして下の句の、「心にもあらでながらふる身」というあきらめきった自己否定。希望があるから生きているわけではない。なにをこれ以上生きているのかと思ったところで死が訪れるわけでもなく、死ぬまでは生きているしかない。自分を殺して死んだような毎日をただ積み重ねていく心のうちに、人の嘲笑が、人が嘲笑しているに違いないという思いが澱のように心の淵にたまってゆく。これがまあ、千年前の歌です。


○ここから先は感想○
この兼綱さん、勅撰集に撰ばれた=評価された歌は生涯ただこの1首だけでした。身分は正四位下。一位から五位までが殿上人、すなわち私たちが想像する宮廷貴族です。その下から2番目の四位。あの藤原道長の甥としてはなんとも悲しい身分です。『尊卑分脈』には兼綱に4人の息子がいたと書かれていますが、うちふたりは従五位下、もうふたりはお坊さん、孫も従五位下です。殿上人に一位から五位まであって(蔵人を除く)、それをさらに細かく正と従、上と下とに分けます。従五位下というのは、ですから一番下の「五位」の、その中でも下の「従」の、そのさらに「下」。もう完全に弾き出されてしまった。

 

このままこの一族は歴史の底に埋もれてしまい、二度と表舞台に戻ってくることはありませんでした。その兼綱がこの歌を遺し、この歌は今なお語り継がれ書き継がれている。自分の悲しみというものは、特に悲しみの渦中にあるときの悲しみというものは、なかなか落ち着いて見つめることが難しいものです。それがこう、歴史上の人物の、形になった悲しみというものは冷静に見つめ直して味わうことができる。関係者はみんな亡くなっていて、全ての事件が定義づけられていて、もう動き出す心配はない。自分の、現在進行形の悲しみについてはなかなかそうはいかない。状況がどう変わるかわかりませんし、自分の立場やらなにやらがありますから。

 

どんな人も幸せであったほうがいい。幸せであるに越したことはないのです。一方で、苦しみの中で嘆きの中で生まれた芸術が人の心に届くということがある。しかしだからといって彼が苦しんでよかったということではない。彼の悲しみは不幸なことで、やはりそれはあくまで不幸なことです。
苦しみが芸術に昇華されるということは、確実にあります。人の死や、病気や戦争や自意識や、それがよいものになるわけでは決してないのですが、マイナスの感情を契機として生まれる芸術が存在して、人はそれを見たがる。感動するというのは感情移入するから感動するのでしょうか、それとも他人事だから感動するのでしょうか。和歌史の中には膨大な数の「嘆き」が蓄積されている。

 

みずからの嘆きを和歌に詠もうとしたときに、兼綱は何を見たのでしょうか。自分の嘆き、それは自分ひとりのいわばかけがえのない嘆きであって、とても他人とわかちあえるものではない。しかしそれを語ろうとしたとき、三十一文字に詠もうとしたときに、彼もまた和歌史を振り返り、その中に堆積する膨大な数の「嘆き」に直面したはずです。なにしろ「嘆き」を歌に詠んだのは兼綱が初めてではない。それ以前に数え切れないほどの嘆きが詠まれている。あの時代の嘆き、この歌人の嘆き、名もわからない人々の嘆き。それを見た歌人たちもまた、その嘆きの数々に心を動かされていたのでしょうか。


尊卑分脈』(「近代デジタルライブラリー国立国会図書館より)

 

 

古典文法解説

Q 「としごろ」

A 「長年」と訳すのでした。「つきごろ」「ひごろ」もセットで古語辞典を引いておきましょう。

 

Q はべりけるころ

A 「侍り」。古語辞典を引きましょう。文法の教科書にも出ています。「侍り」ときたら「です・ます・あります・おります」か、「おそばにお仕えする」か、どちらかです。まずはこれを覚えてください。思ひ嘆きて…? おりましたころ、です。

 

Q 疑問「や」~推量「らん」

A 「や~らん」ときたら、「~だろうか」と訳すると覚えてください。「らん」は推量の「~だろう」に相当し、「や」は疑問の「か」に相当します。どちらを忘れても一点ひきます。容赦なく。

 

Q 「人の」

A 主格の「の」です。「人が思う/人は思う」と訳します。文法の教科書を見てください。格助詞の「の」です。

 

Q 「あらで」は打消接続で訳す。

A 接続助詞、というものがあります。上下の文をつなぐ、接続することばです。「心にもあら」と「ながらふる身」を接続させていると考えてください。このとき、接続助詞「で」は上の文「心にもあら」にくっついて、「心にもあり」を「心にもあら」の形に変化させています。文法の教科書を見てください。後ろ表紙を開けたところに助詞一覧表があるのではないでしょうか。「で」は打消しの接続とありますね。打消し接続の「で」が「心にもあり」にくっついていますから、「心にもあり」を打消した上で接続させなくてはいけません。「心にもなくて」の形になります。下に続けて「心にもなくて、生きながらている身」。

 

Q 「ながらふる/身」か「ながらふ/る/身」か。

A 迷ったら上の動詞で古語辞典を引きましょう、「ながら~」とページをめくっていくと、「ながらふ」という動詞が立項されています。下二段活用と書かれているのではないでしょうか。下二段活用動詞の活用表を見てみましょう。「へ・へ・ふ・ふる・ふれ・へよ」とありますね。連体形が「ながらふる」になっている。では「ながらふる」の下はなんでしょう。体言の「身」です。連体形は体言にくっつきますから「ながらふ」の連体形「ながらふる」が「身」にくっついた形と解釈するのがよさそうです。
検算。「ながらふ/る/身」ではだめなのか。「ながらふ」だと終止形ですね。終止形につく「る」があるでしょうか。ありません。「る」には、完了の助動詞「り」の連体形と、可能の助動詞「る」の終止形がありますが、どちらも動詞の終止形にくっつくことはできません。よって「ながらふる/身」が正解。ぱちぱちぱち。あ、完了の助動詞と可能の助動詞、と言われて接続と活用表を思い出せない方は文法の教科書を見ておいてくださいね。

 

品詞分解


  名詞/ワ行上一段活用動詞「沈みゐる」の連用形/接続助詞/
  としごろ/沈みゐ/て/

  名詞/格助詞/カ行四段活用動詞「思ひ嘆く」の連用形/接続助詞/
  よろづ/を/思ひ嘆き/て/

  ラ行四段活用動詞「侍る」の連用形/過去の助動詞「けり」の連体形/
  はべり/ける/

  名詞/
  ころ/

  
タ行四段活用動詞「待つ」連体形/名詞/格助詞/
待つ/こと/の/

ラ変動詞「あり」連体形/格助詞/係助詞/名詞/格助詞/
ある/と/や/人/の/

ハ行四段活用動詞「思ふ」終止形/現在推量の助動詞「らん」終止形/
思ふ/らん/

名詞/格助詞/係助詞/ラ変動詞「あり」未然形/接続助詞/
心/に/も/あら/で/

ハ行下二段活用動詞「ながらふ」連体形/名詞/格助詞
ながらふる/身/を