和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

哀傷の和歌 あなたはもう、この世のどこにもいないのですね ― うつくしと思ひし妹を夢に見て起きてさぐるになきぞかなしき

うつくしと思ひし妹を夢に見て起きてさぐるになきぞかなしき
  (拾遺集・哀傷歌・題しらず・よみ人しらず・1302)

現代語訳

(あなたが死んで、あれから幾日たったのでしょうか。誰よりも)愛したあなたを夢に見て、(あなたはまだそこにいたのかと目が覚めて)身を起こして(いつも隣りに眠っていたあなたに)手をのばして何にも触れることのなかったこのかなしさを。(本当に、本当にあなたは死んでしまって、もうどこにもいないのですね。)

 

内容解説

哀傷歌、というジャンルがあります。人の死を悼む、亡くなった人を慕う、遺族を見舞うための歌です。色々な歌があります。張り裂けるような歌もあれば諦めたような歌もある。遺族をはげます歌もあれば寄り添うような歌もある。解説しにくいのはあまりにも生々しい悲しみを見るからか、人の感情のひとつの頂点だからかわかりませんが、和歌史の一角を占める重要なジャンルであることは間違いありません。

 

古語の「妹」は男性から見て親しい女性を指す言葉です。「うつくし」は愛しい。「思ひし」の「し」は過去の助動詞。ですから「うつくしと思ひし妹」は、愛しいと思っていた妻か恋人。思っていた、過去形になっているのは、彼女がもう亡くなっているからです。その女性を夢に見た。遠くにいるのをちらりと見たのでしょうか、それとも何か話をしたのでしょうか。日常のたわいない日々を夢の中で過ごしたのでしょうか。どのような夢だったのかは詠まれていません。夢の中で亡くなった人に会うとき、もう亡くなったのだと理解しながら会っているときと、まだ生きているかのように会うときとありますが、夢から覚めて「起きてさぐる」とありますから、まだ生きているかのように会ったのではないでしょうか。目覚めに意識が浮上して、いや彼女はもう亡くなったはずだと頭で考えるより先に手が動いたのでしょう。亡くなったのはわかっている。亡くなって、もうここにいるはずがないことくらいわかっている。わかっているのに手が動いたこの悲しさ。わかっているのに手が動いて、やはり誰もいないと気がついた時の、あなたは本当に、もうこの世にはいないのだと。

 

亡くなった時にひとつの悲しみ。夢の中で逢った時のつかのまの喜び。目覚めの漠とした意識の中で手探りにさがした時の、それはすがりつくような必死の思いだったでしょう。もしかしたら、もしかしたらと思う気持は想像に余る。そしてその手が空を切った時の、そして醒めた意識の中でその手を、もうどこにも持っていきようのない思いを、いつも隣りに寝ていた人、ただひとりのための寂しさを。

 

 

古典文法解説

Q 「うつくし」の「し」と、「思ひし」の「し」は別物。

A 「うつくし」は形容詞の終止形です。「思ひし」は、動詞「思ふ」と、助動詞「し」のセットです。「うつくし」からいきましょう。ついてきてくださいね。「うつくし」か、「うつく/し」かわからない方、古語辞典を引きましょう。ありますね。見てみましょう。シク活用の形容詞とあります。シク活用を覚えていますか。古語辞典にも、文法の教科書にも載っています。教科書で見ることをお勧めします。同じ事項をあっちこっちで見るよりも、同じページを何度も見たほうが記憶に残るのではないかと。探してみてください。ありますね。「うつくし」で一語の終止形とあるはずです。では検算。「うつく」は「うつくし」の語幹であり―語幹てなに? と思ったら活用表をよく見てくださいね―、「形容詞の語幹の用法」なるコラムが形容詞のページのどこかにあるはずです。形容詞の語幹「うつく」に「し」がつく用法はありません。「うつくし」で決まりです。

 

次、「思ひし」。これは2語にわけることができます。「思ふ」で古語辞典を引いてください。どこで切れるかわからなければとにかく上から古語辞典を引くことをお勧めします。「思ふ」で立項されているはずです。ハ行四段活用動詞の「思ふ」ですね。「思ふ」の活用形は「思は/思ひ/思ふ/思ふ/思へ/思へ」ですから「し」は「思ふ」の一部ではない。別の語が「思ふ」にくっついていると考えます。何がくっついているのでしょうか。さあ何がくっついているのでしょうか? こういうとき、どう考えれば良いのでしょうか。文法の教科書のうしろのあたりに「まぎらわしい語の識別」のようなページがあります。「し」は3種類あり、それぞれに見分け方が書かれています。動作ではありませんからサ変動詞の「し」ではない。「し」を抜いたら「思ひ妹」となって文法上つながらないから副助詞でもない。これは過去の助動詞「き」です。連用形の「思ひ」についている。

 

Q 「妹」は妻か恋人のこと。

A 古語の「妹」は「いも」と読んで、男性から見て姉・妹か、妻・恋人のことです。「いもうと」、は「妹+人」で「いもうと」。女性から見て夫や恋人のことを「背(せ)」呼びます。夫婦のことを「妹背(いもせ)」。女性から見て兄や弟を「兄人(しょうと)」。同母兄弟のことを「同胞(はらから)」といいます。

 

品詞分解

シク活用形容詞「うつくし」終止形/格助詞/
うつくし/と/

ハ行四段活用動詞「思ふ」連用形/過去の助動詞「き」連体形/
思ひ/し/

名詞/格助詞/名詞/格助詞/マ行上一段活用動詞「見る」連用形/
妹/を/夢/に/見/

接続助詞/カ行上二段活用動詞「起く」連用形/接続助詞/
て/起き/て/

ラ行四段活用動詞連体形/接続助詞/ク活用形容詞「なし」連用形/
さぐる/に/なき/

係助詞/シク活用形容詞「かなし」連体形
ぞ/かなしき