和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

桜の和歌 花の上にやさしい雨がよりそう朝 ― ひらけそふ木ずゑの花に露みえて音せぬ雨のそそく朝あけ

  春のあしたといふ事を
ひらけそふ木ずゑの花に露みえて音せぬ雨のそそく朝あけ
   (風雅集・春歌・進子内親王/女性・198)

 

現代語訳

次々と開いて数が増えてゆく梢の桜に(ちいさな)露が見えて(いると思ったら、そうではなくて)音もたてない(やわらかな)雨が(花に)降りそそぐ(春の)朝明け。

 

内容解説

春の朝です。目が覚めるごとに桜の花が咲きそろってゆく春の朝の雨の歌。雨が降っていると気がつくほどの雨ではなくて、梢の先の花の上に小さな露がおりているかと思うほど音も立てず静かに花を優しく包み込むように降っている。冬のあいだの冷たい雨と違って春の雨は花を新芽をはぐくむようにあたたかく降るイメージがあります。桜の花は薄くて繊細で、強い雨に叩かれたらそれだけで傷んでしまう。その花が降りそそぐ雨にさそわれて次々と開いていくようなやさしさ。

 

ふつう、雨が降ったら音で気がつくんです。でも音がするほどの雨ではない、桜の花がしっとりとぬれているような気がして、はじめて雨が降っていると気がつくような春の雨。降った雨は花の上に露のように寄り添ってやわらかな光をうつしている。やさしく、みずみずしく、あたたかな春の朝の情景です。

 

 雨の和歌

雨のしずくが落ちるように、あなたを思い続けています ― 雨やまぬ軒の玉水かずしらず恋しき事のまさるころかな

あなたがしあわせなら、それが何よりうれしいのです ― 思ひ出づや思ひぞ出づる春雨に涙とり添へ濡れし姿を

あやめの香る雨のしずくに ― 五月雨の空なつかしきたもとかな軒のあやめの香るしづくに

 

古典文法解説

Q 「音せぬ」の「ぬ」は打消ですか、完了ですか。

A 打消ですね。「音/せ/ぬ」とわかれます。文法の教科書で、サ変動詞を見てください。~する、という意味の「「す」が出てきます。この言葉は「愛す、ご覧ず」などの複合動詞を作ると書かれているはずです。「音」が「す」が「音す」というひとつの言葉になってしまうパターンです。というパターンがある、ということをまずは覚えてください。よく出てきます。

 

で、なぜサ変動詞「す」が「せ」になるのか、からはじめます。長い説明になりますのでコーヒーを入れる方は先にどうぞ。文法の教科書の最後のあたりに、「まぎらわしい語の見分け方」というページがありませんか。出版社にもよりますが、そこに「せ」があるはずです。教科書がない方は古語辞典で「せ」をひいてみてください。「せ」の見分け方というコラムがあると思います。

 

「せ」ときたら3つ思い出してください。
①サ変動詞「す」の未然形。
②過去の助動詞「き」の未然形(連用形に接続)。
③尊敬/使役の助動詞「す」の連用形(四段・ナ変・ラ変動詞の未然形に接続)です。

サ変動詞の活用を覚えましたね? 「せ・し・す・する・すれ・せよ」と唱えた記憶が頭のどこかにおぼろげに。覚えていない方は覚えてください。何々形に接続というのも覚えなくてはなりません。覚えられたら②と③も覚えましょう。全部覚えていれば間違いの排除ができます。

 

活用を覚えたらもうひと手間かけてください。教科書の活用表と、「紛らわしい語の見分け方」のページを見比べて、ここでは「せ」ですが、助動詞の活用表の、②過去の助動詞「き」の未然形と、③尊敬/使役の助動詞「す」の連用形の「せ」にマルして線で結んでおきましょう。そうしたら、活用表の欄外に「①サ変動詞「す」の未然形も「せ」」と書いてここも線で結んでおきましょう。これは必ず必ずやっておきましょう。活用表をただ覚えても古文を読めるようにはなりません。「紛らわしい語」の区別ができて、初めて古文が読めるようになりますし、試験の点もあがります。教科書を汚したくない? それは違う。教科書に書き込めば書き込むほど成績はあがります。Believe me. 

 

さて、「音せぬ」の「せ」は①~③のどれでしょう。実はこの時点で②と③はありえないのです。「音」は名詞、体言です。体言に接続する助動詞は「なり」「たり」「ごとし」しかありません。「音」に接続できるのは動詞の①しかない。

 

で、その「す」がやっかいなことに活用します。この「します」、が複合動詞と活用です。「活用」に「する」がついて、「活用する」になるのが複合動詞。「活用する」に「ます」がついて「活用します」になるのが活用です。

 

古文に戻って、サ変動詞の活用表がありますね。「せ」は何形でしょうか。未然形です。

 とすると、「せ」の下の「ぬ」は、未然形接続ということになります。未然形に活用する「ぬ」といえば打消の助動詞「ず」の連体形です。なぜ連体形になっているかといえば真下に「雨」という体言(名詞)があるからです。助動詞活用表を見てください。打消の「ぬ」は連体形、完了の「ぬ」は終止形ですね。

連体形とは、「ず」の下に体言(名詞)があるときには「ず」が「ぬ」に変わりますよという意味です。「ぬ」は「ず」が変化した形なのです。覚えておいてください。よって、「音せぬ雨」と文章が続きます。訳するときにも「音のしない雨」と一続きに訳してください。
終止形とは、そこで文章が終わりますという意味です。終止形なら「音せず。雨」と終止形のあとで文章が一旦切れます。訳するときには「音がしない。雨」と文章を切ってください。

 

品詞分解

  名詞/格助詞/名詞/格助詞/
  春/の/あした/と/

  ハ行四段活用動詞「いふ」連体形/名詞/格助詞/
  いふ/事/を/

ハ行四段活用動詞「ひらけそふ」連体形/名詞/格助詞/名詞/
ひらけそふ/木ずゑ/の/花/

格助詞/名詞/ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」連用形/接続助詞/
に/露/みえ/て/

名詞/サ変動詞「す」未然形/打消の助動詞「ず」連体形/
音/せ/ぬ/

名詞/格助詞/カ行四段活用動詞「そそく」連体形/名詞
雨/の/そそく/朝あけ