和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

海の和歌 おみやげに貝殻を ― 家づとに貝を拾ふと沖へよりよせくる浪に衣手ぬれぬ

家づとに貝を拾ふと沖へよりよせくる浪に衣手ぬれぬ
    (風雅集・雑歌中・題しらず・読人しらず・一七一五)

現代語訳

おみやげに(と思って波打ち際の)貝を拾うとはるか遠くの海の沖から寄せてきた波に(わたしの)たもとが濡れました。

 

内容解説

春のゆくへも知らぬまに、と思っていたら夏まで過ぎてしまって、もうすぐ白露、朝夕の寒さに露の降りる季節になるのだそうです。

 

さて、夏休みも終盤、学校によってはもう新学期です。海へ行った方、山へ行った方、ごろごろごろごろ過ごした方、それぞれの夏休みだったでしょうか。新学期始まったら、おみやげ合戦になるのかな? 中高だと、勉強に関係のないものを持ってきてはいけないルールにひっかかったりするのでしょうか。大学だと初回のゼミがおやつまみれになるのでは。

 

夏の思い出というわけではないでしょうが、浜辺で貝殻を拾っている人の歌です。現代語訳するとあっさりした内容ですね。「家づと」でおみやげという意味です。奈良時代以降、福原遷都は別ですけれど、都は内陸にありますから、海はそれだけで旅情をかきたてられる場所なのです。浜辺に身をかがめて珍しい貝殻をひとつひとつ、家族の顔を思い浮かべながら拾い集める指のたもとに波が寄せてさらりとぬれる。見わたすと海は遠くはるか遠くどこまでも広がっていて、ずいぶん遠くに来たと思ったのに、海はまだずっと遠くまで続いていて。

 

ただ渡すだけではなくて、きっと貝を拾った海のようすを家族に伝えたかったのでしょう。生まれてこのかた海を見たことのない家族かもしれません。こんなところに行ってきたよ。ずっとずっと遠くの沖が波打ち際につながっていたよ。『万葉集』に「妹がため貝をひろふとちぬの海に濡れにし袖はほせどかわかず(1149)」という歌がありました。「君がため春の野にいでて若菜つむ我が衣手に雪は降りつつ」とも似たような詠み方です。あなたに喜んでほしくて、この貝を拾ってきたんだよ、と。

 

海の和歌

 

夕べの波間に舟がゆれる ― 夕潮のさすにまかせてみなと江のあしまにうかぶあまのすて舟

はるかな夏の海 ― 潮満てば野島が崎のさゆり葉に浪こす風の吹かぬ日ぞなき 

冬の夜に迷う ― 空や海月や氷とさよちどり雲より波にこゑ迷ふなり

 

 

 古典文法解説

 

Q 「よせくる」の文法的な説明

 A カ変動詞「来」と、サ変動詞「す」と、ラ変とナ変とありましたね。その通り覚えていてよいのですが、「来」やら「す」やらの上に別の言葉がついた複合動詞というものがあります。「寄す」と「来」が一緒になった言葉としてそのまま一語として考え、カ変動詞として扱います。

Q 完了の「ぬ」か、打消の「ぬ」か

 A 上が未然形なら打消の「ぬ」、上が連用形なら完了の「ぬ」、と覚えていたはずですが、上が上二段活用ないしは下二段活用だと困るのです。未然形と連用形の区別がない。「れ・れ・る・るる・るれ・れよ」ですから。ここでは「ぬ」で歌が終わっているから「ぬ」は終止形、よって完了、として解釈します。

 

品詞分解

名詞/格助詞/名詞/格助詞/ハ行四段活用動詞「ひろふ」終止形/
家づと/に/貝/を/ひろふ/

格助詞/名詞/格助詞/カ変動詞「よせくる」連体形/
と/おきへ/より/よせくる/

名詞/格助詞/名詞/ラ行下二段活用動詞「ぬる」連用形/
浪/に/衣手/ぬれ/

完了の助動詞「ぬ」終止形