和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

恋の和歌 同じように愛している? ― はかなくておなじ心になりにしを思ふがごとは思ふらんやぞ

  をとこのもとにつかはしける
はかなくておなじ心になりにしを思ふがごとは思ふらんやぞ
  (後撰和歌集・恋一・中務/女性・594・10世紀)

 

現代語訳

(あなたが私をどれほど愛しているか)確かめないまま同じ心になってしまいましたものの、(私があなたを)愛しているのと同じように(あなたは今も私を)愛しているのでしょうか。(いいえ、私に幻滅したのではないかしら)

 

内容解説

中務。「なかつかさ」と読みます。平安中期の女性歌人で、宇多天皇の孫にあたります。皇族の血をひき、また母の伊勢から2代続いた女性歌人としても有名。たいへんモテた女性のようで、元長親王常明親王藤原師輔藤原実頼、とあちこちの貴公子と恋をして名歌を残しました。これはそのうちの1首。「をとこのもとに」とある「男」は、源信明という男性です。「信明」と書いて「さねあきら」。『後撰集』の詞書には「をとこのもとにつかはしける」としかありませんが、この信明の家集では同じ歌の詞書に「初めてのつとめて、帰りたる。女」とあります。「つとめて」は「翌朝」。「帰りたる」は中務の家から信明が自宅に帰ったこと。「女」は女性=中務がこの歌の作者であるということです。

 

その翌朝に中務から信明に送られてきた歌です。信明が中務を口説いてきたのだけれど、本気なのか遊びなのか、どれほど愛されているのか、中務にとっては「はかなし」だった。愛されている自信が持てない、という意味です。その「はかなし」のまま、でもあなたが私を好きだと言ってくださったから、私もあなたを好きになって、「同じ心」になったと私は思っているのだけれど、思ったからあなたとお逢いしたのだけれど、さて、翌朝です。翌朝になってなお私があなたを愛しているように、今まで以上に愛しているように、あなたは私を愛しているのでしょうか。すごく心配。「ごと」は「~のごとく」。今も使いますね。「やぞ」は疑問の係助詞「や」と強意の係助詞「ぞ」をつなげた強い疑問と反語です。

 

中務の父の敦慶親王は「玉光宮」(招運録・河海抄)と呼ばれた美形、母の伊勢は「宇多朝末から朱雀朝へかけての時期に、専門歌人として活動したただひとりの女流」という恋歌の名手。娘の中務もまた相当にモテた女性でした。その中務を何とか口説き落とした信明、さてどう答えたでしょうか。信明から中務への返歌はまた次回。


人物説明は『和歌文学大辞典』(株式会社古典ライブラリー)より。

母 伊勢の歌はこちら。

 

 

古典文法説明

―に・連体形と終止形・助動詞「ごと」

 

Q「なりにしを」の「に」を文法的に説明せよ、と言われたら。

A まずは品詞分解しますね。「なり/に/し/を」。どうやったら品詞分解ができるようになるのかはっきりおぼえていませんが、ひとつ確実に言えることは、悩むより先に正解を見る、ということです。科目によるかもしれませんが、語学は答えを知ってからが勉強です。
で、「なりぬ」じゃなくて「なりにしを」。そう、「なりぬ」というフレーズを覚えている。「朝影に我が身はなりぬ」とありました。「なりにき」というフレーズを覚えている。「我が身は影となりにけり」とありました。あ、「き」ではなくて「けり」でした。こんな感じでいくつも用例が頭に入っているから、その延長線上に「なりにしを」がある、と判断しています。

 

いろいろな活用のパターンを覚えておくのはひとつ有効な手段です。「なり」「なりぬ」「なりにき」「なりにしを」とつながるたびに活用が変わっていき、意味が付加されてゆく。
「なりぬ」+「き」にするためには「ぬ」を「に」に変えなくてはならない。なぜなら過去の助動詞「き」は連用形に接続するからです。そのために、直前にある完了の助動詞「ぬ」を連用形の「に」にして、「なりにき」とする。
「なりにき」+「を」とするためには「き」を「し」に変えなくてはならない。なぜなら接続助詞「を」は連体形に接続するからです。そのために、直前にある過去の助動詞「き」を連体形の「し」にして、「なりにしを」とする。
そうやって、言葉はどんどんつながってゆく。そのつながりをひとつひとつ分けてゆくのが品詞分解です。

 

あの無機質な活用表を丸暗記しなくてもよい、とは言いませんが、丸暗記したらどこの大学にも受かるということはないです。残念ながら。文章を読んで品詞分解するためには実際に使われる文章のパターンに慣れる。慣れるためには和歌が適しているのではないかと思います。だってほら、たった31文字ですし。

 

Q 連体形の「思ふ」と終止形の「思ふ」

A 「思ふがごとは思ふらん」とあって、最初の「思ふ」は連体形で、最後の「思ふ」は終止形という罠。なぜ同じ「思ふ」かというと、ハ行四段活用動詞の終止形と連体形は同じ形だからです。文法の教科書で四段活用の活用表を見てくださいね。
同じ「思ふ」なのになぜ連体形と終止形かというと、最初の「思ふ」の下についている格助詞「が」は連体形接続、最後の「思ふ」の下についている現在推量の助動詞「らん」は終止形接続だからです。それぞれ、接続するために上についている「思ふ」の活用形を変化させるからです。

だいじょうぶですか。ついてきていますか。文法問題と文学史は覚えれば確実に点数になります。読解は、読み外したら大負けしますが文法は裏切りません。

 

Q 連体形+「が」+「ごと」

A 「何々のように」という言い回しです。比況の助動詞「ごとし」というものの語幹「ごと」だけで連用修飾語と作る例で、細かいことはよいです。現代語の「~のごとく」と同じ意味です。活用形を覚えておくこと、語幹「ごと」だけで用いられる例があること、断定の助動詞「なり」とくっついて、「ごとくなり」「ごとくに」といった使い方があること、だけ覚えておいてください。

この格助詞「が」ですが、連体修飾格だそうです。だいぶ考えて、答えを見ました。

 

品詞分解

  名詞/格助詞/名詞/格助詞/

  をとこ/の/もと/に/

  サ行四段活用動詞「つかはす」の連用形/
  つかはし/

  過去の助動詞「けり」の連体形/
  ける/

ク活用の形容詞「はかなし」の連用形/接続助詞/
はかなく/て/

シク活用の形容詞「同じ」の連体形/名詞/格助詞/
おなじ/心/に/

ラ行四段活用動詞「なる」の連用形/完了の助動詞「ぬ」の連用形/
なり/に/

過去の助動詞「き」の連体形/格助詞/
し/を/

ハ行四段活用動詞「思ふ」の連体形/格助詞/
思ふ/が/

助動詞「ごとし」の語幹/係助詞/
ごと/は/

ハ行四段活用動詞「思ふ」の終止形/係助詞/係助詞
思ふ/らん/や/ぞ