冬の和歌 平安時代のあったかアイテム ― つひにみな消えなむことを思ひしるあかつきがたのうづみ火のかげ
つひにみな消えなむことを思ひしるあかつきがたのうづみ火のかげ
(公衡集・賦百字和歌七月九日午時以後三時詠之・うづみ火・68)
現代語訳
(そうはいっても)最後には全て消えてしまうと思い知るのです。(この一晩をあたためてくれて朝を迎えた)明け方の埋み火の光(もまた)。
内容解説
前回の続き。夜明けの炭火の話でした。朝まで消えなかったとしても、炭が燃え尽きればいつかは消えてしまうのです。この友だちは。
「思ひしる」を『日本国語大辞典』でひくと、「物事の道理や趣などをわきまえ知る。なるほどと思い当てる。理解する。痛感する。悟る。」と書かれています。「思い知らせてやる!」なんて言いますが(言いませんが)、うわべの知識として知るだけでなく、もっと深く理解するニュアンスがある言葉です。炭が燃え尽きれば火が消えるくらいの知識は持っていたけれど、一晩をともにした火が今まさに消えようとしている。一度消えた火はもう二度と戻らない。失ったものは二度と戻ってこない。永遠に。そう気がついた瞬間が「思ひ知る」なのではないでしょうか。
前回までは消えなかったことを喜んでいましたが、でも結局は燃え尽きて、この世から消え去ってしまう。別れの時はすぐそこまで迫っている。「みな」を全ての炭火とするか、広くこの世にあるもの全てとするか、解釈がわかれるところですが、それは次回に持ち越します。
この話にはもうひとつ続きがあって、それはまた次回。
古典文法解説
Q 「なむ」?
A でましたねー。「なむ」。古典文法やっかいベスト5にはいるんじゃないでしょうか。あとは「に」とか「し」とか「らむ」とかでしょうか。①強意の係助詞の「なむ」、②あつらえの終助詞の「なむ」、③強意の助動詞「ぬ」の未然形「な」と、婉曲の助動詞「む」がくっついたもの、④ナ変動詞「死ぬ/往ぬ/去ぬ」の未然形活用語尾と、婉曲の助動詞「む」がくっついたもの。と、4つの候補がありますが、結論から言うと③です。まずは4候補の文法上の見分け方からいきましょう。ポイントは、「なむ」の上の言葉です。
①強意の係助詞の「なむ」。係助詞の下に係り結びの連体形があれば係助詞を疑いましょう。といっても、係り結びを起こす「思ひ知る」は四段活用ですから、終止形も連体形も「思ひしる」で、見分けがつきません。ここでは「なむ」の前にある「消え」に注目します。「消え」は「消ゆ」の未然形か連用形です。係助詞「なむ」には真上の言葉を未然形か連用形に変える力はありません。よって、係助詞である可能性は排除できます。また、係助詞「なむ」は和歌の中ではほとんど使われません。
②あつらえの終助詞の「なむ」。これは活用形の未然形について、「誰かに何かをしてほしい」という気持ちを表します。「なむ」の上に活用語の連用形・連体形があったら係助詞、未然形があったら終助詞です。直前の「消え」は下二段活用ですから(下二段ってなんだ?という方は文法の教科書を)、未然形と連用形が「消え」と同じ形に活用します。よって上の言葉の活用では見分けられません。しかしこれは終助詞ですから、文の最後に来る言葉です。「なむこと」とつながっているので、終助詞の定義にあてはまらないと考えます。
③強意の助動詞「ぬ」の未然形「な」と、婉曲の助動詞「む」がくっついたもの。「消え」は下二段活用の未然形か連用形かのどちらかで、強意の助動詞「ぬ」は連用形接続ですから、③である可能性があります。ちなみに、この場合「む」の下に体言の「こと」がありますから、「む」は推量ではなく婉曲です。なにそれ?という方は文法の教科書を見ましょう。
④ナ変動詞「死ぬ/往ぬ/去ぬ」の未然形活用語尾と、婉曲の助動詞「む」がくっついたもの。これは簡単。「な」の上に「死」か「往」か「去」があればこのパターンです。ひらがなで「し」「い」「い」とあるかもね。ここでは上が「消え」なので④も外します。
さてさて、以上をふまえてどう考えるか。以上が微妙な方は文法の教科書やら古語辞典やらひっくりかえしてみてください。とっても大事なところです。
①は「なむ」の上の「消え」が未然形か連用形であることから除外できます。係助詞は上の言葉を未然形や連用形には変化させません。②は未然形接続ですが、終助詞の下に「こと」が接続するのはおかしいので除外します。④は「なむ」の上に「死」か「往」「去」がなくてはなりませんので、これも除外。③の強意の助動詞「ぬ」の未然形「な」と、婉曲の助動詞「む」が正解と言うことになります。
Q 「かげ」ときたら?
A 「光」!と答えましょう。「月影」は「月の光」であって日食じゃありません。
品詞分解
副詞/名詞/ヤ行下二段活用動詞「消ゆ」連用形/
つひに/みな/消え/
強意の助動詞「ぬ」未然形/婉曲の助動詞「む」連体形/名詞/
な/む/こと/
格助詞/ラ行四段活用動詞「思ひしる」終止形/名詞/格助詞/
を/思ひしる/あかつきがた/の/
名詞/格助詞/名詞
うづみ火/の/かげ