和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

桜の和歌 夜明けの月、桜が舞い踊る ― 山たかみ嶺のあらしに散る花の月に天霧るあけがたの空

  百首歌たてまつりし春歌
山たかみ嶺のあらしに散る花の月に天霧るあけがたの空
新古今集・春歌下・二条院讃岐/女性・130・12世紀)

 

現代語訳

  百首の歌を詠んで献上した時に詠んだうちの、春の歌
山が高いので(風は)嶺をかけめぐる嵐(のよう)に(吹き荒れて、その風に散らされて)舞い上がり舞い踊る桜の花が(明け方のほの白い)月を(目もくらむほどに見渡すかぎり)霞ませている明け方の空。

 

内容解説

明け方。背景は山の空です。ほの白く残る月に溶け出しそうにかすかに見えて空に桜があざやかに舞う。月も桜も白いとはいえ舞台は山です。月が残るほどの時刻ですからまわりがはっきり見えるほどは明るくない。濃紺の世界に月と桜だけがうかびあがって白い月が照らすほの明るい空に吹き荒れる嵐のような春風が無数の桜の花を一面に舞いあがらせて、白い月に「天霧る」。「あまぎる」と読みます。雲や霞や雪が降って空が曇ることをいう言葉です。もう霧のように舞い上がって月を曇らせて圧倒的なまでの桜の乱舞に目を奪われる。決して静かな桜の歌ではありません。風の動きと風に吹き散らされる桜の動きと。

 

それ以外の山の光景については、桜の枝とか向こうの山とか他の景色があるはずなのですが、全く触れられていません。山が高いために風が嵐のように吹き荒れて桜の花が月まで舞い上がるのですから風は谷底から山頂へ吹きのぼっているのでしょう。詠歌主体が山の中腹にいるのか頂上にいるのかはっきりとはわかりませんが、視界を遮るものがないところを見ると空に近いところにいると思われます。着物の裾がたなびくほどの風でしょう。風に誘われるように視線を上に、全身に嵐のような風をうけて桜の渦に巻き込まれている幻想的な光景ですが、詞書が「百首歌たてまつりし」となっているように、これは讃岐が見た現実の桜を詠んでいるのではなく、讃岐が想像の中で作り上げた桜の世界です。

 

このごろ全然アニメを見ないのですが、こういう映像はけっこうあるのではないでしょうか。夜や明け方の暗い空に月が浮かんで桜の花が吹き乱されて美少女/美青年が髪をなびかせる。オープニングの一場面などにありそうな気がします。実写ではあるのでしょうか。嵐の勢いで桜が明け方の空に舞う映像を讃岐に見せたら「これよこれ!」って言うんじゃないかと思います。

 

 山の和歌

秋のもの思いそれぞれ ― 草木まで秋のあはれをしのべばや野にも山にも露こぼるらん

雪の玉水、緑の松の戸 ― 山ふかみ春ともしらぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水

桜がある限りどこまでも行ける― 桜花咲ける尾上は遠くともゆかむかぎりはなほゆきて見む 

 

古典文法解説

Q 「~み」で、「~ので」という意味。

A 「高み」で、「高いので」。「寒み」で、「寒いので」という意味です。山が高いので風が嵐のように吹き荒れている、という意味になります。ビル風みたいな感じでしょうか。

 

品詞分解

  名詞/ラ行四段活用動詞「たてまつる」連用形/
  百首歌/たてまつり/

  過去の助動詞「き」連体形/名詞
  し/春歌

名詞/ク活用形容詞「高し」語幹/接尾語/名詞/格助詞/
山/たか/み/嶺/の/

名詞/格助詞/ラ行四段活用動詞「散る」連体形/名詞/
あらし/に/散る/花/

格助詞/名詞/格助詞/ラ行四段活用動詞「あまぎる」連体形/
の/月/に/天霧る

名詞/格助詞/名詞
あけがた/の/空