和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

2015-04-01から1ヶ月間の記事一覧

桜の和歌 春のおわりの日 ― 何もせで花を見つつぞ暮らしつる今日をし春のかぎりと思へば

何もせで花を見つつぞ暮らしつる今日をし春のかぎりと思へば (躬恒集・屏風・凡河内躬恒/男性・407・9世紀) 現代語訳 何もせず(ただ)花だけを見て過ごしています。今日がこの春の最後の一日だと思えばこそ。 内容解説 そして、躬恒に戻る。いいなあ。「…

桜の和歌 私が死んだら、桜の花を供えてください ― 仏にはさくらの花をたてまつれわがのちの世を人とぶらはば

花のうたあまたよみ侍りける時仏にはさくらの花をたてまつれわがのちの世を人とぶらはば (千載集・雑歌・西行/男性・1067・12世紀) 現代語訳 花の歌をたくさん読みましたとき(に詠んだ歌)(わたしが死んだら、)仏となった私に桜の花を供えてほしい。わ…

桜の和歌 この世のことは、思い通りにならない ― はかなさを恨みもはてじさくら花うき世はたれも心ならねば

落花のこころをよみ侍りけるはかなさを恨みもはてじさくら花うき世はたれも心ならねば (千載集・雑歌・覚性法親王/男性・1053・12世紀) 現代語訳 落花(を思う)心を詠みました(歌)(散る花の)はかなさを恨み続けることはするまい。桜の花よ。憂き世は…

桜の和歌 桜が散って、わたしはひとり取り残される ― ながらへて生けらばのちの春とだに契らぬさきに花の散りぬる

ながらへて生けらばのちの春とだに契らぬさきに花の散りぬる (新後撰集・雑歌・後深草院弁内侍/女性・1252・13世紀) 現代語訳 (私がこの命を)ながらえて生き続けることができたならば、また次の春に(きっとお逢いしましょう)と、せめてそれだけで も…

桜の和歌 次の春まで、私の命はあるだろうか ― 心あらばにほひを添へよさくら花のちの春をばいつか見るべき

五十の御賀すぎてまたの年の春、鳥羽殿のさくらの盛りに、 御前の花を御覧じて、よませ給うける心あらばにほひを添へよさくら花のちの春をばいつか見るべき (千載集・雑歌・鳥羽院/男性・1052・12世紀) 現代語訳 五十歳の祝賀を行った次の年の春、離宮の…

Japanese Waka -Sakura : My life would last until the next spring – Kokoroaraba nioiwosoeyo sakurabana nochinoharuwoba itsukamirubeki.

The retired emperor composed this waka when he saw a fully bloomed sakura-flower at his Imperial villa in the spring of the year after his 50th birthday ceremony. Kokoroaraba nioiwosoeyo sakurabana nochinoharuwoba itsukamirubeki. (The Senz…