和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

秋の和歌 実りに感謝 ― あしびきのいたくら山の峰までに積める刈り穂を見るがうれしさ

板倉山のもとに、田にいねつむ、 いとたかし、人あり、これを見るあしびきのいたくら山の峰までに積める刈り穂を見るがうれしさ (江帥集・四尺屏風・359) 現代語訳 板倉山のふもとに、田に稲を積みあげているようすが とても高く描かれていて、人も描かれ…

夏の和歌 魂はどこへ ― うつせみの殻は木ごとにとどむれどたまのゆくへを見ぬぞかなしき

からはぎ空蝉の殻は木ごとにとどむれどたまのゆくへを見ぬぞかなしき (古今集・物名・読み人しらず・448・10世紀) 現代語訳 蝉のなきがらはその命を終えた木ごとに留まっているけれど、その魂のゆくえを見ることがないのは悲しいことだ。(あれほど力強く…

海の和歌 おみやげに貝殻を ― 家づとに貝を拾ふと沖へよりよせくる浪に衣手ぬれぬ

家づとに貝を拾ふと沖へよりよせくる浪に衣手ぬれぬ (風雅集・雑歌中・題しらず・読人しらず・一七一五) 現代語訳 おみやげに(と思って波打ち際の)貝を拾うとはるか遠くの海の沖から寄せてきた波に(わたしの)たもとが濡れました。 内容解説 春のゆくへ…

恋の和歌 心、恋、たったひとつ ― ふたつなき心は君におきつるをまたほどもなく恋しきやなぞ

本院の東の対の君にまかりかよひて、あしたに ふたつなき心は君におきつるをまたほどもなく恋しきやなぞ (拾遺集・恋二・大納言源きよかげ・721) 現代語訳 ふたつとない(私の)心は(あなたを愛するあまりに)あなたのもとに置いてきましたのに、(離れた…

恋の和歌 紅の花に染められたように、あなたを深く思っています ― 紅のはつ花染めの色ふかく思ひしこころ我忘れめや

くれなゐのはつ花染めの色ふかく思ひしこころ我忘れめや (古今集・恋歌四・題しらず・よみ人しらず・723) 現代語訳 紅花の、その紅色の初花で染めた色(のように心に)深く染められたこの恋を私が忘れることがあるでしょうか。(いいえ、忘れるはずがあり…

冬の和歌 何もない一年でしたけれど、過ぎてゆくのは惜しいものです ― 思ひ出もなくて過ぎぬる年なれど今日の暮るるは惜しまるるかな

思ひ出もなくて過ぎぬる年なれど今日の暮るるは惜しまるるかな (田多民治集・としのくれ・藤原忠通・111) 現代語訳 (特別な)思い出もなくて過ぎてしまった一年だけれども、大晦日の今日が暮れ(てこの一年が今日で終わ)るのは惜しく思われるものだな。 …

冬の和歌 冬の夜に迷う ― 空や海月や氷とさよちどり雲より波にこゑ迷ふなり

空や海月や氷とさよちどり雲より波にこゑ迷ふなり (千五百番歌合・冬二・藤原忠良・1919) 現代語訳 あの空と見えるものは海なのだろうか。(あの空に浮かぶ)月と見えるものは(海に浮かぶ氷)なのだろうかと、夜の千鳥が雲から波に、(あわれな)声をさま…

恋の和歌 好きだけど、その人についてまだなにも知らない ― まだしらぬ人をはじめて恋ふるかな思ふ心よ道しるべせよ

その人について、まだ何もしらない。どんな人なのか、どうしたら会えるのか、わからない。好きだけれど、手がかりがない。手がかりがないけれど、あなたに伝えたくて、会いたくて、あなたが好きだというこの思いだけがあなたとわたしをつないでいる、という…

恋の和歌 心、恋、ばらばらに ― きみ恋ふる心は千々にくだくれどひとつもうせぬものにぞありける

あまりに好きで、好きで心が壊れそうで、壊れて散ってなくなってしまったら忘れられるかと思ったのに、ただのひとつもなくなってくれずにわたしを苦しめ続ける。 もう心はとうに壊れているのです。壊れてしまって、そのばらばらになった心のかけらをじっと見…

冬の和歌 わたしは泣いているのでしょうか ― 恋もせず物もおもはぬ袖のうへに涙をながすはつしぐれかな

つらい恋をしているわけでもない、苦しい悩みを抱えているわけでもない、泣く必要など心のどこを探してもないはずのわたしが時雨の空を見つめて、その時雨がまるで涙のように袖を濡らしている。なぜ涙に見えるのか、自分でもわからないのです。華やかに寂し…

秋の和歌 人生で一番の思い出は?ときかれたら ― 秋をへて老となるまで馴れにけり月よりほかの思ひ出ぞなき

幾秋を経て老いの身となるまで(あの月に)親しんできました。(私の人生に何があったかと聞かれれば)月より他の思い出はない(と言ってもよいほどに)。

雑の和歌 友達が挨拶してくれなかったので つづき ― 玉桙のみちゆきずりに訪はずともつねに心はゆきかふものを

きのうのつづきなんですけれど、一言かけろよと言ってきた友人に返した歌です。連絡はしなかったけど友情はかわらないよ☆ みたいな返事。歌の内容については、いいです。このやりとりを歌でおこなったということが、現代には失われた人間関係の構築のしかた…

雑の和歌 友達が挨拶してくれなかったので ― 親しきも疎きもなしと聞きしかどわきてしもやは訪ふべかりける

親しいお坊さんがですね、自分の住んでいるところのとなりに来ていて、何の用か知らないですけど、来ているのに自分に何も言ってこなかったんです。うーん、この、この微妙な距離感。いや、となりに来たお坊さんからすれば、別にその友達に用があって来たわ…

雑の和歌 おとうさんといもうと(むずかしいお年ごろ) ― ひとりには塵をもすゑじひとりをば風にもあてじと思ふなるべし

おねえちゃんばっかりずるい! まあ、あるよねえ。お姉さんはもう就職しているのです。「内に侍るむすめ」ですから内裏にお仕えしているエリート女性です。内裏にお仕えするというのは支度だけでもけっこうなお金がかかるもので、あの十二単衣がまず高価。持…

夏の和歌 沢の水に星がうつっているかと思ったら蛍でしたよ ― 沢水に空なる星のうつるかと見ゆるはよはの蛍なりけり

宇治前太政大臣卅講ののち歌合し侍りけるに蛍を詠める沢水に空なる星のうつるかと見ゆるはよはの蛍なりけり (後拾遺集・夏・藤原良経・217) 現代語訳 沢の水に空の星が映っているかと見えたのは夜半に輝く蛍でしたよ。 内容解説 蛍、見たことがあるでしょ…

夏の和歌 あの山のむこうも、もうきっと日が暮れている ― ひぐらしの鳴く山かげは暮れぬらむ夕日かかれる峰のしら雲

ひぐらしの鳴く山かげは暮れぬらむ夕日かかれる峰のしら雲 (内裏百番歌合・夏・藤原知家・70) 現代語訳 ひぐらしの鳴く山陰は(もうそろそろ日が)暮れているようだ。夕日がかかっている峰の白雲(が茜いろに染まっているよ)。 内容解説 夏の夕暮れはよい…

夏の和歌 木の葉に雨がたたきつけられてセミの声が静かになる ― 蝉のこゑは風にみだれて吹きかへす楢の広葉に雨かかるなり

蝉のこゑは風にみだれて吹きかへす楢の広葉に雨かかるなり (風雅集・夏歌・夏の歌の中に・二品法親王尊胤・419) 現代語訳 (真夏の日差しが照りつける中、急に吹き下ろした冷たい風に)蝉の声は風に乱れて吹き返される。(にわかに空がかき曇ったかと思う…

夏の和歌 炎天下に風が止まるとどうしようもないよね ― 水無月の草もゆるがぬ日盛りに暑さぞしげる蝉のもろ声

水無月の草もゆるがぬ日盛りに暑さぞしげる蝉のもろ声 (拾玉集・日吉百首和歌・夏十首・426) 現代語訳 6月の(猛暑のころに頼りの風も止んでしまって)草ひとつそよがない炎天下に(じりじりと)暑さを増してゆく蝉の声々。 内容解説 旧暦と新暦は1ヶ月ほ…

夏の和歌 天使のはしごが露をつらぬく ― むら雲はなほ鳴る神のこゑながら夕日にまがふささがにの露

むら雲はなほ鳴る神のこゑながら夕日にまがふささがにの露 (後鳥羽院御集・正治初度百首・夏十五首・32・12世紀) 現代語訳 (雨がやんでも空を覆う)群雲はなお雷の音を響かせていながら西の空は雲が切れて夕日(が射し込みその光そのもの)と見間違えそう…

夏の和歌 夏、暑い、もう無理 ― いかにせん夏はくるしきものなれや衣かへても暑さまされば

いかにせん夏はくるしきものなれや衣かへても暑さまされば (天喜四年四月九日或所歌合・作者不明・2) 現代語訳 どうしたらいいのでしょう。夏は苦しいものですよ。(涼しいはずの)夏服に着替えても(涼しくなるどころか)暑さがます(ばかりな)ので(も…

海の和歌 夕べの波間に舟がゆれる ― 夕潮のさすにまかせてみなと江のあしまにうかぶあまのすて舟

夕潮のさすにまかせてみなと江の葦間にうかぶあまのすて舟 (玉葉集・雑二・題しらず・藤原頼景・2104) 現代語訳 夕べの潮が満ちるにまかせて港の葦の間に浮かんでいる海士の捨て舟。 内容解説 夕べの海の情景です。おだやかな、静かな波間に夕方の光がみち…

恋の和歌 ああよくあることだよねー笑 っていわれる温度差 ― 言へば世のつねのこととや人は見む我はたぐひもあらじと思ふを

言へば世のつねのこととや人は見む我はたぐひもあらじと思ふを (重之女集・恋廿首・89) 現代語訳 (あの人が好きですと)言葉にすれば、どこにでもある恋だと人は見るでしょうか。私にとっては何ものにも代えがたいただひとつの恋だと思っておりますのに。…

恋の和歌 A君はBさんが好きでBさんはC君が好きでどうにもならない ― 我を思ふ人をおもはぬむくいにや我が思ふ人の我をおもはぬ

我を思ふ人を思はぬむくいにや我が思ふ人の我をおもはぬ (古今集・雑体・俳諧歌・題しらず・読人知らず・1041) 現代語訳 私を愛してくれた人を(私が)愛さない報いなのだろうか、私の愛している人が私を愛してくれない(のは)。 内容解説 何という三角関…

雑の和歌 朝起きたくない、仕事に行きたくない日のこと ― 起きて今朝また何事をいとなまんこの夜あけぬとからす鳴くなり

朝の心を 起きて今朝また何事をいとなまんこの夜あけぬとからす鳴くなり (玉葉集・雑二・読人しらず・2141・14世紀) 現代語訳 「朝」という歌を(朝が来て)目が覚めて、今朝もまた(一日が始まったとて)いったい何をしようというのだろう。この夜も明け…

嘆きの和歌 言わなきゃよかった ― 思ふこと言はでぞただにやみぬべき我と等しき人しなければ

むかし、男、いかなりけることを思ひけるをりにかよめる。 思ふこと言はでぞただにやみぬべき我と等しき人しなければ (『伊勢物語』一二四段/ 引用元:新編日本古典文学全集 小学館) 現代語訳 むかし、ある男が、どんなことを思った時だったのだろうか、…

桜の和歌 花の上にやさしい雨がよりそう朝 ― ひらけそふ木ずゑの花に露みえて音せぬ雨のそそく朝あけ

春のあしたといふ事をひらけそふ木ずゑの花に露みえて音せぬ雨のそそく朝あけ (風雅集・春歌・進子内親王/女性・198) 現代語訳 次々と開いて数が増えてゆく梢の桜に(ちいさな)露が見えて(いると思ったら、そうではなくて)音もたてない(やわらかな)…

桜の和歌 花の上に、かすかな夕日が沈んでゆく ― 花のうへにしばしうつろふ夕づく日いるともなしに影きえにけり

夕花を花のうへにしばしうつろふ夕づく日いるともなしに影きえにけり (風雅集・春歌・永福門院/女性・199) 現代語訳 (夕方の光に照らされた)花の上にしばし揺らぎとどまる夕日(を見つめていたら)、いつ沈んだともわからないうちにふっと消えてしまい…

桜の和歌 空がゆっくり明るくなって、桜も紅に染まってゆく ― 時のまもえやは目かれむ桜花うつろふ山の春のあけぼの

時のまもえやは目かれむ桜花うつろふ山の春のあけぼの (為家集・春・藤原為家/男性・140) 朝見花さしのぼる日影をそへて紅の色にうつろふ花ざくらかな (為家集・春・藤原為家/男性・163) 現代語訳 ほんの一瞬でも目を離すようなことができるだろうか(…

桜の和歌 夜明けの月、桜が舞い踊る ― 山たかみ嶺のあらしに散る花の月に天霧るあけがたの空

百首歌たてまつりし春歌山たかみ嶺のあらしに散る花の月に天霧るあけがたの空(新古今集・春歌下・二条院讃岐/女性・130・12世紀) 現代語訳 百首の歌を詠んで献上した時に詠んだうちの、春の歌山が高いので(風は)嶺をかけめぐる嵐(のよう)に(吹き荒れ…

恋の和歌 雨のしずくが落ちるように、あなたを思い続けています ― 雨やまぬ軒の玉水かずしらず恋しき事のまさるころかな

人につかはしける雨やまぬ軒の玉水かずしらず恋しき事のまさるころかな (後撰和歌集・恋一・平兼盛/男性・578・10世紀) 現代語訳 (思いを寄せている)女性に贈った歌雨がやまない(日の、私の家の)軒先から宝石のように透きとおった雨水が数えきれない…