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和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

雑の和歌 雨の夜に生涯をふりかえる ― 夜もすがら涙も雨もふりにけり多くの夢の昔語りに

  雨夜老人思といへる心を
夜もすがら涙も雨もふりにけり多くの夢の昔語りに
  (続後撰集・雑歌下・大納言隆親・1206・13世紀)

 

現代語訳

  雨の夜の老人の物思い、という主題を
(雨の夜に、過ぎ去った過去のあれこれを思っていると、若かった頃のこと、亡くなった友人のこと、今では変わってしまったたくさんのこと、忘れがたい思い出が次々に思い出されてきて)一晩中、涙も雨も(とめどなく)降り続けることだ。(わたしの、確かに生きてきたはずの人生は夢のようにはかないもので、その)多くの夢も(今ではとうに)昔語りに(なってしまったのだと思うと)。

 

 

内容解説

ご老人が雨の夜に次々と自分の人生を思い出している時の歌です。雨は視界を遮り音を遮り人の訪れを遮って、外界を遮断する。思いは内にこもり過去のあれこれをたぐり寄せてゆく。静かな夜でしょう。昔語りをわかちあう相手がいるのでしょうか、それともひとりで座っているのでしょうか。彼にとっては確かな人生だったのです。確かに自分は生きてきて、楽しいことも悲しいこともあったでしょう。がんばったことも手を抜いたこともあったでしょう。そうやって人生を生きてきて、この雨の夜、静かな夜にその人生をふと思い出してみると、もうすべては過ぎ去ってしまったのだと、すべては昔語りになってしまって、そのすべては夢のようなものだったのだと、夜の雨のように涙がとめどなくあふれてくる。

 

「降る」に「古る」が掛詞になっているのか、と考えましたが、掛詞というほどはかかっていないけれど「古る」というニュアンスは響いている、という程度ではないかと思います。「涙も雨も古くなった」では歌の意味が通らない。しかし、「昔語り」は「古くなる」というイメージを喚起するからです。

 

「昔語り」とはなんでしょうか。『詞花集』や『六条院宣旨集』にも「昔語り」を詠んだ歌があります。
  はかなき事のみ多く聞こえけるころよめる
みな人の昔語りになりゆくをいつまでよそに聞かむとすらむ
    (詞花集・雑下・法橋清昭・359)
  人の失せたるあととぶらふとて
見し人も昔語りになりゆけばうつつも夢のここちこそすれ
    (六条院宣旨集・六条院宣旨/女性・103)
「はかなき事」は人の死です。人の訃報を多く聞く頃の歌。「みな人の昔語りになりゆく」は、知人が亡くなって「昔語り」になってしまった、現実に会える人ではなく思い出の中で語られる人になってしまったということです。「いつまでよそに聞かむとすらん」は、いつまで他人のこととして訃報を聞いていられるだろう。すぐに自分も死んでしまうだろう、という意味。
「うつつも夢のここち」は、あの人が亡くなったなんて現実とも思えない、まるで夢のような気がする、という意味です。

 

この二首が両方とも現実の人の死を扱い人の死に限定して昔語りになることを悲しんでいるのに対して、隆親の歌は老人が自分の人生を思い出している歌。他人が昔語りになるのではなく自分の人生こそが昔語りになってしまったのだと言っています。こういうときは、なんとコメントしたらよいのでしょうか。しなくてもよいのでしょうか。このご老人は何とも言っていません。もう言葉にならないのか、一晩中、流れる涙を流れるままに流しつづける。雨の夜に。昔語りに。

 

 

古典文法解説

―よもすがら・にけり・多くの・夢の昔語りに

 

Q 「よもすがら」

A 一晩中、という意味です。

 

Q 「にけり」

A 「にき/にけり/にたり」と来たら完了の助動詞「ぬ」の連用形です。覚えておいてください。上が「死ぬ」や「去ぬ」だと別ですね。「死に/き」となってナ変動詞の活用語尾になります。

 

Q 「多くの」

A 「多し」は特殊な形容詞です。連用形「多く」は本来格助詞「の」には接続しないのですが、ここでは「多く」が名詞化していると考えられます。「多くの木」とは言いますが、「高いの木」とは言えません。何事にも例外がある、というお話です。

 

Q 「夢の昔語りに」の「の」は主格か連用修飾格か。

A 連用修飾格ととって「たくさんの、夢のようにはかない昔語りに、涙がこぼれる」でしょうか。それとも主格ととって「たくさんの夢が、昔語りに(なってゆくこと)に涙がこぼれる」でしょうか。主格ではないかと思います。連用修飾格「昔語りに涙がこぼれる」だと、いま誰かが昔語りをしていることになる。そうではなくて「雨夜老人思」ですから、このご老人が自分の人生を思い返しているのであって、誰かの昔語りを聞いているわけではない。前に挙げた「みな人の昔語りになりゆくを」にならって、「多くの夢が昔語りになることに涙がこぼれる」と解釈しました。私案。

 

品詞分解

       /格助詞/ハ行四段活用動詞「いふ」の已然形/
  雨夜老人思/と/いへ/

  完了の助動詞「り」の連体形/名詞/格助詞
  る/心/を

名詞/名詞/係助詞/名詞/係助詞
夜もすがら/涙/も/雨/も/

ラ行四段活用動詞「ふる」の連用形/完了の助動詞「ぬ」の連用形/
ふり/に/

過去の助動詞「けり」の終止形/ク活用の形容動詞「多し」の連用形/
けり/多く/

格助詞/名詞/格助詞/名詞/格助詞
の/夢/の/昔語り/に