和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

秋の和歌 秋の月、水の輝き ― 石ばしる水のしら玉かず見えて清滝川にすめる月影

  百首歌召しける時、月のうたとて詠ませ給うける
石ばしる水のしら玉かず見えて清滝川にすめる月影
    (千載集・秋歌上・藤原俊成・284)

 

現代語訳

  百首歌を提出させなさった時、月の歌という歌題で
  お詠ませになった (歌)
石の上を走り流れる水(の真珠のようなしぶき)の数がかぞえられる(ほど明るく輝いて)、清滝川に澄んだ光を投げかけている月の光。

 

 

内容解説

秋ですね。だいぶ涼しくなりました。読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋、あれこれと秋は楽しみの多い季節ですが、古典の秋はなんといっても月の季節。


秋の月は千里を照らし、春の月はおぼろに霞む。夏の月は光涼しく、冬の月は凍りつく。それが和歌の考える最も理想的な月の姿です。この歌は秋歌ですから、詠まれているのは曇りなく照らす明るい月です。その澄みきった月が清滝川の水を照らしている。真夜中の川、真っ暗な中で水の流れが浅瀬の石に砕けて飛び散る。平安時代の、今と違って真っ暗な夜では水の音はしても目には見えないはずなのですが、その一粒一粒をはっきりと照らしてその数が数えられるほどに月が明るい。

 

題詠ですので、現実に秋の月の光でどのていど水しぶきが見えるのかというよりも、螺鈿細工のかがやきのような、水しぶきが月の光に照らされてきらきらと夜の中に踊っているような想像上の輝きを詠んだ歌であると考えてください。清滝川にはこの歌が作られる以前から清らかな流れの川というイメージがありました。

濁りなき清滝川の清ければ底より立つと見ゆる藤波
     (忠岑集・183)
雲の波かからぬ小夜の月影を清滝川に映してぞ見る
     (金葉集・187)

まず「濁りなき清滝川の清ければ」。次に「雲の波かからぬ小夜の月影」。これは雲がかかっていない月の光をさしています。「清滝川」には、清らかな/濁りのない/曇りのない/月を映すイメージがあるのでした。「清滝川」という名前は聞いただけで清流のイメージがあります。

 

月が明るいので小さなものの数が数えられるほどだ、という和歌は『古今集』にもあって、これが元ネタ。秋の夜に渡ってきた雁の、白雲を背景に飛ぶ小さな姿がひとつひとつ数えられるほど明るい秋の月、という歌です。

白雲に羽うち交はし飛ぶかりの数さへ見ゆる秋の夜の月 
     (古今集・秋歌上・191)

清らに流れる清滝川と、ものの数が数えられるほど明るい月、このふたつをあわせて当該歌は作られました。みなさまもぜひ空を見て、とまとめるつもりでしたが晴れたり降ったり曇ったりのくりかえしです。満月には晴れてくれると嬉しいのですが。

 

 

 

古典文法解説

Q 「百首歌召しける時?」

A 和歌を詠む機会はいろいろありまして、ここでは崇徳院の命令で貴族たちがひとり100首の和歌を詠み、崇徳院に献上した『久安百首』という催しのことです。「月の歌とて」とあるのは、100の歌題(テーマ:花や月など)があったうちの「月」のテーマで詠んだ和歌であるという意味です。

その百首歌を崇徳院が「召す」わけですが、崇徳院といえば元天皇です。元天皇がやることですから当然【尊敬語】です。「召す」は古語辞典にも載っていますが文法の教科書にも載っているほど有名な【尊敬語】ですので必ず覚えておきましょう。謙譲語として使うことはありません。「召す」の基本は「こっちに来い!」です。崇徳院が百首歌を「こっちに来い!」した。要は百首の和歌を(臣下の者に詠ませて)取り寄せる、差し出させる。という意味です。和歌を詠んだ作者は藤原俊成という人です。現代語訳でも敬語にしますから、訳するときは「提出おさせになる」にします。さらに過去の助動詞「けり」がつくので「提出おさせになった、時」にします。

天皇に和歌を見てもらえるのは歌才をアピールするチャンスですからみんな喜んで和歌を差し上げますが、文脈によっては強引に取り上げる、奪う、という意味になることもあります。
古語辞典をひくと「お取り寄せになる」と訳されてるけど、現代語の「お取り寄せ」は店頭にない商品を注文することですね。訳語としては少し違和感。

 

「人を召す」なら、人にこっちに来い!するわけですから、「人をお招きになる/お呼びになる」。お招きになった後にかわいがる、もしくは強引に捕らえる、まで意味を含む場合もあります。「食べ物を召す」なら、「食べ物を召し上がる」。「着物を召す」なら「着物をお召しになる/おはきになる」。このあたりは現代語でも「召す」になります。「お年をお召しになる」もそうです。想像しにくいものでは「車にお乗りになる」という意味もあります。「お乗りになる」もけっこう重要なので覚えてください。

 

Q これ、「詠ませ給ひけり」の間違いじゃない?

A と思った方、すばらしい。ここで過去の助動詞「けり」が連体形になっているのは「詠ませ給うける(和歌が、次の歌です)」の(かっこ内)が省略されているからです。連体形ってなんだ?と思った方はいますぐ文法の教科書(副読本)を見ましょう。表紙をめくってすぐのページに助動詞の活用表がたぶんあります。
過去の助動詞「けり」を探してください。終止形が「けり」、連体形が「ける」已然形が「けれ」とあるはずです。未然形「けら」は無視してよろしい。助動詞の意味は「過去」「詠嘆」とありましたね。接続は「活用語の連用形」です。ついでですから活用表だけでなく、「けり」のページも見ておきましょう。文法の教科書がない方は古語辞典にも活用表があるはずです。

さて、用言が連体形になるパターンは4つ。
①すぐ下に体言(名詞)がある場合。
②係助詞の結びになっている場合。
③体言止めで感動を表している場合。
④真下にあった体言が省略されている場合。

???と思った方はふたたび文法の教科書から「用言の活用の用法」を探しましょう。未然形とはなにか、連用形とはなにか、説明しているページです。かなり前のページにあると思いますが。どうでしょう。

下に名詞があれば連体形だとわかりやすい。「百首歌召しける時」は、「時」という用言(名詞)があるから、過去の助動詞「けり」が「ける」の形になっています。
係助詞の結びならば上に必ず係助詞があります。係助詞が省略されることはありません。たとえば、「和歌をぞ詠ませ給ひける」と行った場合、「ぞ」が強調の係助詞で、「ぞ」の範囲が「けり」まで及ぶことを示すために連体形「ける」になっています。
③感動を表すときにも連体形になりますが、この場合は下に体言がなく、上に係助詞がありません。ですから④の、下の体言が省略されているタイプと形の上では見分けがつきません。ここは内容から判断してください。「百首歌をお詠ませになった」ですから特に感動するシーンではありません。内容がわからない!場合は他の問題から解きましょう。
これは④の、下の体言(和歌が、次の歌です)が省略されたタイプになります。

 

「給う」になっているのは「給ひ」がウ音便を起こしているからです。元々の形は「給ひける」で、ウ音便の結果「給うける」になりました。ですので「給う」でも「給ひ」でもどっちでもよろしい。ここではたまたま「給う」になっているだけのことです。ウ音便ってなんでしょう。文法の教科書でチェックしてください。「給ふ」があるときには動詞の最初に「お」をつけて敬語らしく訳します。すなわち、「お詠ませになった(和歌が、次の歌です)」。

 

ここまではOK? いまいちな方はもう一回読み直してみてください。文法の教科書と古語辞典をひっくり返してよーくよーく理解してください。今の時点で全て覚えなくてもかまいません。

 

Q 「かず見えて」の「見る」、ではなく「見ゆ」。

A 「見え」の終止形はヤ行下二段活用動詞「見ゆ」です。「見る」ではありません。奈良時代に使われた、自発・可能・受け身の助動詞「ゆ」が「見」にくっついた形で、「見ることができる」と可能の意味を込めて訳します。「聞こゆ」なら単に「聞く」ではなくて「聞える」と訳します。
ついでに、「見る」ならマ行上一段活用になります。「着る・見る・似る・射る・干る・居る」です。

 

Q 「せ」と「る」の見分け方

A 最後にもう一つポイントがあります。ちょっと長いですが、これも大事なポイントなのでよくよく理解してください。
「詠ませ」の「せ」と、「澄める」の「る」です。「せ」から行きましょう。文法の教科書の最後のあたりに、「まぎらわしい語の見分け方」みたいなページがありませんか? 出版社にもよりますが、そこに「せ」があるはずです。教科書がない方は古語辞典で「せ」をひいてみてください。「せ」の見分け方というコラムがあると思います。

「せ」ときたら3つ思い出しましょう。
①サ変動詞「す」の未然形。
②過去の助動詞「き」の未然形(連用形に接続)。
③尊敬/使役の助動詞「す」の連用形(四段・ナ変・ラ変動詞の未然形に接続)。

サ変動詞の活用って覚えませんでしたか。「せ・し・す・する・すれ・せよ」と唱えた記憶が頭のどこかにおぼろげに。覚えてない方は速攻覚えましょう。何々形に接続なるものも覚えないといけません。ついでですから②と③も覚えましょう。全部覚えていないと間違いの排除ができません。

 

活用を覚えたらもうひと手間かけてください。教科書の活用表と、「紛らわしい語の見分け方」のページを見比べて―ここでは「せ」ですが―助動詞の活用表の、②過去の助動詞「き」の未然形と、③尊敬/使役の助動詞「す」の連用形の「せ」にマルして線で結んでおきましょう。そしたら、活用表の欄外に「①サ変動詞「す」の未然形も「せ」」と書いてここも線で結んでおきましょう。これは必ず必ずやっておきましょう。活用表をただ覚えても古文は読めるようになりません。「紛らわしい語」の区別ができて、初めて古文が読めるようになりますし、試験の点もあがります。教科書を汚したくない?? それは違う。教科書に書き込めば書き込むほど成績はあがります。Believe me. 

 

さて、「詠ませ」の「せ」は①~③のどれでしょう。「詠ませた」んだから意味的に「使役」でしょ? そりゃそうなんですが、文法上の説明をしないと。こういうときはどう考えるんでしたっけ。ヒントはふたつあります。まずは活用形。①と②なら未然形ですから、「せ」の下に未然形に接続する言葉が来るはずです。③は連用形ですから、下に連用形に接続する言葉が来るはずです。「せ」の下にあるのは「給う」ですから、「給う」が何かがわかればいいんです。用言!とわかった方は合格。
にゃ?? となった方は覚えてください。「動詞」「形容詞」「形容動詞」の3つをあわせて「用言」といいます。「給う」は動詞ですから、用言です。下に用言が来るから「せ」は連用形です。①~③のなかで連用形なのはどれだ? ③の尊敬/使役の助動詞「す」です。「す」は尊敬と使役の両方の意味があります。ここでは崇徳院が和歌を詠ませた。誰に? この歌の作者は俊成ですから、崇徳院俊成に和歌を詠ませた。使役です。現代語でも、人に何かをさせるとき、「詠ませる」と「せ」を使いますね。現代語訳は「お詠ませになった」になります。使役の訳になっています。

 

ここまでおっけー? OKなら先に進んでください。微妙ならもう一回読みましょう。
OKな方は検算です。ほんとに③でいいのか、もうひとつのヒントを見てみましょう。「せ」の連用形の下に用言の「給う」が接続するのはわかりました。では、「せ」は何に接続するのでしょう。さっきとは逆です。「せ」の上にある言葉の活用形は、何形か。「詠ま」は「yoma」aで終わっていますから四段活用の未然形です。aで終わるのは四段・ナ変・ラ変動詞のみ。さて③は四段活用の未然形に接続するのか? する! 正解! ということになります。①の接続は決まっていませんからヒントになりません。②は連用形に接続しますから「詠みき(詠んだ)」「詠みし時(詠んだとき)」「詠みしかば(詠んだところ)」と活用することになります。「き」「し」「しか」とは何かは②の活用表を見てください。

 

お疲れさま。わかりました?わからない?わかるまでじっっっくり読みなおしてみてください。今までのことがわかってしまえば、これからの話はバリエーション変化です。同じお話。これで終わりです。もう一歩がんばりましょう。

 

「澄める月影」の「る」です。和歌のほうです。ひとつ覚えておきましょう。完了・存続の助動詞「り」は「サ変動詞の未然形と四段動詞の已然形」にしか接続しない! ふたたび、「紛らわしい語の見分け方」を見ましょう。教科書にもよりますが、「る」はだいたい3パターンあります。簡単簡単。さっきと一緒です。さくっと行きますよ。

①完了/存続の助動詞「る」の連体形(サ変動詞の未然形と四段動詞の已然形に接続)。
②自発・可能・受け身・尊敬の助動詞「る」の終止形(四段・ナ変・ラ変動詞の未然形)。
③上二段&下二段動詞の連体形活用語尾の一部(イ音もしくはウ音)に接続)、です。

まずは活用形を見ましょう。②だけが終止形です。ここは終止形? 違います。下に「月影」があります。「月影」は名詞ですから体言、下に体言が来るからここの「る」は連体形です。②は除外。①と③は活用形では見分けが付きません。接続を見ましょう。

③は上二段なら「過ぎる」、下二段なら「落つる」などの「る」です。ガ行上二段動詞「過ぐ」の連体形が「過ぎる」、タ行下二段活用の「落つ」の連体形が「落つる」です。上二段ならイ音「ぎ」の後に「る」。下二段ならウ音「つ」の後に「る」。ですから違います。正解である①「澄める」の「澄め」は四段動詞の已然形です。完了・存続の助動詞「り」は「サ変動詞の未然形と四段動詞の已然形に接続」します。これは完了・存続の助動詞「る」の連体形になります。完了だと~し終わった、存続だと~している途中、です。月が映っているさなかのことですから、ここでは存続です。「~している」意味をこめて、「澄んでいる月影」と訳します。

四段活用の「変はる/のぼる/乗る」などにも「る」はありますが、これはあまり迷わないと思います。上一段「蹴る」、下一段「見る」にも「る」がありますが、これも迷わないでしょう。
自発・可能・受け身・尊敬の助動詞「る」は上に「a」音がくると覚えている方は「らる」との混同に気をつけてください。「る」は「a」音にくっつくので、「a」音で終わらない場合むりやり「a」をつけて「らる」になります。

 

はい、お疲れさまでした。ポイントをまとめましょう。

★「召す」は元天皇の行動だから尊敬語。ここでは歌(物)を提出おさせになる。という意味。
更に余裕のある方は現代語訳を5種類覚えましょう。ヒントは「人」「物」「食」「服」「車」です。

★「詠ませ給うける」のように和歌の説明をしている場合は「~という(和歌が次の和歌です)」が省略されているから連体形で文章が終わる。
余裕があれば、連体形で止まる場合に「体言に接続」「係助詞の結び」「連体止め」「体言の省略」がある。ということも。

★「詠ませ給うける」の「せ」は尊敬/使役の助動詞「す」の連用形で、マ行四段活用の動詞「詠む」の未然形「詠ま」に接続している。
余裕のある方は、「せ」を見たら3つの可能性を考えるところまでがんばってください。無理だと思ったら今日勉強した③だけ覚えましょう。3つ曖昧に覚えるよりもひとつ確実に覚えたほうが役に立ちます。
①サ変動詞「す」の未然形。
②過去の助動詞「き」の未然形(連用形に接続)。
③尊敬/使役の助動詞「す」の連用形(四段・ナ変・ラ変動詞の未然形に接続)。

★「澄める月影」の「る」は下に「月影」という体言があるから連体形。マ行四段活用の動詞「澄む」の已然形に接続しているから完了/存続の助動詞「る」の連体形だ。
「る」にも3つの可能性があります。
①完了/存続の助動詞「る」の連体形(サ変動詞の未然形と四段動詞の已然形に接続)。
②自発・可能・受け身・尊敬の助動詞「る」の終止形(四段・ナ変・ラ変動詞の未然形に接続)。
③上二段&下二段動詞の連体形活用語尾の一部(イ音もしくはウ音)に接続)
これも、できれば3つ覚えて欲しいですが、無理そうだったら①を覚えましょう。今後どこで①が出てきても見分けられるように。
辞書や古語辞典によっては、この3つ以外の「せ」や「る」の説明があるものもあります。余裕のある方はどんどん覚えていきましょう。余裕なんてない? それはそうだと思いますが。

では、品詞分解、いきますよ。

 

品詞分解

  名詞/サ行四段活用動詞「召す」の連用形/
    百首歌/召し/

  過去の助動詞「けり」の連体形/名詞/
  ける/時/
  
  名詞/格助詞/名詞/格助詞/マ行四段活用動詞「よむ」の未然形/
  月/の/うた/とて/よま/

  使役の助動詞「す」の連用形/
  せ/
  
  ハ行四段活用動詞「給ふ」の連用形のウ音便/
  給う/

  過去の助動詞「けり」の連体形/ 
  ける/

ラ行四段活用動詞「石ばしる」の連体形/名詞/格助詞/名詞/名詞/
石ばしる/水/の/しら玉/かず/

ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」の連用形/接続助詞/
見え/て/

名詞/接続助詞/マ行四段活用動詞「すむ」の已然形/
清滝川/に/すめ/

存続の助動詞「り」の連体形/名詞
る/月影