恋の和歌 だって、逢ってくれないではないですか ― 死ぬ死ぬと聞く聞くだにもあひ見ねばいのちをいつの世にか残さん
返
死ぬ死ぬと聞く聞くだにもあひ見ねばいのちをいつの世にか残さん
(後撰和歌集・恋三・源信明/男性・708・10世紀)
現代語訳
(中務の歌への)返歌
(そうはおっしゃいますけど、)「死ぬ死ぬ」と(何度申し上げても)「はいはい何度も聞きました」と言うだけで逢ってもくださらないあなたなのだから、(お逢いするためには)命をいつの世にまで残し(て生き続け)たらよいのでしょうか。(あなたに逢えないならばこの世に生き続ける気はありません。)
内容解説
承前。「死ぬ死ぬ」と言っておいて私に逢った時には何と引き替えにするつもり? と言われた信明(さねあきら)。そもそも逢ってくれないのに生きている意味がないではないですか、と切り返しました。まあ、それしか言いようがないのでしょうが、「死ぬ死ぬと聞く聞く」のあたりは言葉遊びのようないたずら心でしょうか、なりふり構わずでしょうか。
主語が抜けていてわかりにくい部分ですが、信明が「死ぬ死ぬ」と言っても中務(なかつかさ)は「聞く聞く」と言うばかりで一向に逢ってくれないのに、という意味です。「だにも」もわかりにくい言葉です。「聞く聞く」と言うだけで、言うばかりで、まして逢ってなんてくれない、と続いています。何と引き替えにするつもり? と問われた事に答えるのではなく、そもそも逢ってくれないではないですか。命をいつまで残したらよいのでしょう。いつまで残していたら逢ってくれるのでしょう。
しかし、そう言いつつも中務の「死ぬ」はきっちり受けているし、中務の「逢ふには」には「あひ見ねば」と返しています。「見る」はよかったら調べておいてください。「逢ふ」より積極的な語です。そして「命をいつの世にか残さん」。31文字に、おふざけと、相手以上の積極性と、真剣な訴えとを全てつめこんで無理のない構成。
ところでこのふたり、結婚しました。娘がひとり生まれています。あのモテモテの中務を射止めたのは信明だったのでした。お幸せに。
古典文法解説
Q 「か、残さん」
A 疑問+推量の言い方です。「~でしょうか」という訳し方で覚えてください。「~でしょう」が推量、「か」が疑問です。どちらを忘れても1点ひかれます。係助詞「か」がありますから、文末の「ん」は終止形ではなく連体形です。
品詞分解
ナ変動詞「死ぬ」の終止形/ナ変動詞「死ぬ」の終止形/格助詞/
死ぬ/死ぬ/と/
カ行四段活用動詞「聞く」の終止形/カ行四段活用動詞「聞く」の終止形/
聞く/聞く/
副助詞/係助詞/接頭語/マ行上一段活用動詞「見る」の未然形/
だに/も/あひ/見/
打消の助動詞「ず」の已然形/接続助詞/名詞/格助詞/名詞/格助詞/
ね/ば/いのち/を/いつ/の/
名詞/格助詞/係助詞/サ行四段活用動詞「残す」の未然形/
世/に/か/残さ/
推量の助動詞「む」の連体形
ん