雑の和歌 朝起きたくない、仕事に行きたくない日のこと ― 起きて今朝また何事をいとなまんこの夜あけぬとからす鳴くなり
朝の心を
起きて今朝また何事をいとなまんこの夜あけぬとからす鳴くなり
(玉葉集・雑二・読人しらず・2141・14世紀)
現代語訳
「朝」という歌を
(朝が来て)目が覚めて、今朝もまた(一日が始まったとて)いったい何をしようというのだろう。この夜も明けた(起きろ仕事に行け)とカラスが鳴いているようだ(けれども)。
内容解説
連休も終わってしまいましたので、お仕事行きたくない歌を。朝起きたくない、仕事に行きたくない、という歌です。漠然と人生の意味を問うのではなく朝起きるのが嫌だと言い出すあたりが秀逸。今でも「営む」という言葉を使います。仕事を指すこともありますし、日々の生活を指すこともあります。生活するため、生きるために行うこと。朝起きて、ご飯を食べて、仕事に行って、働いて、帰って、一日のあれこれを終わらせて、また寝るという人生に対して、それがいったい何だというのだろう。
どうなんでしょう。わたしの人生なんなんだろう、何のために生きているのかわからない……、というよりは、人生についてくる、ある種の気分のようなものを感じます。深刻にしては下の句の強さが足りない。落ち込んでいるというほどでなくても何となく元気が出ないときってあるよね、というくらいでしょうか。感情のグラデーションの、ほんのわずかな振れ幅。
この次に載っている歌は夕暮れの歌です。朝のカラスと晩鐘と、2首でセットのような感じでしょうか。山寺に住んでいたころの、夕日が山に沈んで晩鐘の響きが消えはてたときのその心細さを詠んでいます。こちらも孤独を嘆いているとか人生を悲観しているとかいう話ではなく、何となく心細さを感じている。
山寺にすみ侍りけるころ、夕日山に入りて、鐘の声々もおと
なくなりて、あはれにおぼえければ
見るままに心ぼそくも暮るるかないりあひの鐘もつきはてぬなり
(玉葉集・雑二・山田法師・2142・14世紀)
仕事に行けないような不調というほど深刻なものでもないし、物憂さとか気怠さと言うほど優雅な感情でもない。何となく調子が出なくて、今日はあんまり動きたくない。人に相談するほどのことでもなく、人に気づかれるほどでもなく、自分の中で処理できてしまう程度の感情で、だいじょうぶ、しばらくすれば元気になる。
朝の和歌
冬の朝はおふとんから出ないぞ! ― 冬さむみ霜さゆる夜も明けぬれどあさぶすまこそぬがれざりけれ
一瞬の、君 ― 朝影にあが身はなりぬ玉かぎるほのかに見えて去にし子ゆゑに
夜明けの月、桜が舞い踊る ― 山たかみ嶺のあらしに散る花の月に天霧るあけがたの空
古典文法解説
Q 「営む」の意味
A 仕事、人間の行動です。働いたり、作ったり、準備をしたり。古語の特殊なところでは「仏事を執り行う」という意味があります。
品詞分解
名詞/格助詞/名詞/格助詞/
朝/の/心/を/
カ行上二段活用動詞「起く」連用形/接続助詞/名詞/
起き/て/今朝/
副詞/名詞/格助詞/マ行四段活用動詞「いとなむ」未然形/
また/何事/を/いとなま
推量の助動詞「む」終止形/代名詞/格助詞/名詞/
ん/こ/の/夜/
カ行下二段活用動詞「あく」連用形/完了の助動詞「ぬ」終止形/
あけ/ぬ/
格助詞/名詞/カ行四段活用動詞「なく」終止形/
と/からす/鳴く/
伝聞の助動詞「なり」終止形
なり