和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

冬の和歌 冬の夜に迷う ― 空や海月や氷とさよちどり雲より波にこゑ迷ふなり

空や海月や氷とさよちどり雲より波にこゑ迷ふなり
   (千五百番歌合・冬二・藤原忠良・1919)

 

現代語訳

あの空と見えるものは海なのだろうか。(あの空に浮かぶ)月と見えるものは(海に浮かぶ氷)なのだろうかと、夜の千鳥が雲から波に、(あわれな)声をさまよわせているようだ。

 

内容解説

千鳥は冬の鳥。群れて仲間を呼びあう鳥です。その千鳥が、どうしたのでしょうか、凍てつく冬の寒空の下、風にさらされ雪にさらされ波の上をさまよっている。さまよううちに、広がる闇は空なのだろうか海なのだろうか、闇に光るあの月は海に浮かぶ氷なのではないだろうか。わたしは雲にいるのか波にいるのか、吹きすさぶ風に降りしきる雪に、空と海との区別もつかなくなって飛ぶうちに、冬の夜に迷い続けた千鳥はついにみずからの座標軸まで失ってしまったのです。

 

「声迷ふ」とあるからには千鳥の姿を目で追っているわけではなくて、千鳥の声だけが迷うように夜のかなたから響いてくるのを聞いている人がいる。千鳥の声は友を呼ぶ声。その声が迷っているということは仲間から返事が来ないのでしょう。本来群れで鳴く鳥とされているからこそ、ただ一羽鳴いている「友なし千鳥」はいっそう冬の夜のあわれを誘う。この千鳥も「友なし千鳥」ですが、それを聞いているこの人こそがたったひとりで冷たい夜をすごしている。

 

空か海か上か下かもわからないほどはてしなく広い暗闇の夜に自分だけが取り残されて、月か氷かしらじらとした光がさして、何も見えない、誰もいないとすました耳に、夜半の千鳥のさまよう声が寒々とひびく。ああ、あの千鳥もまた孤独なのかと。

 

冬の和歌

平安時代のあったかアイテム ― うれしくも友となりつつうづみ火の明け行く空になほ残りける

冬の朝はおふとんから出ないぞ! ― 冬さむみ霜さゆる夜も明けぬれどあさぶすまこそぬがれざりけれ

あなたでなくて、誰のことを想いましょうか ― 君ならでたれをか訪はむ雪のうちに思ひいづべき人しなければ 

 

文法説明

Q 「や」を疑問の係助詞ととる根拠はなんですか。

A んー。先例に鑑みて、でしょうか。いや、疑問の係助詞でよいと思うのですが。だいぶ面倒な話なので面倒な方は飛ばしてくださってかまいません。

 

これが「体言(名詞)+や+用言(動詞・形容詞など)の連体形」ならば「や」は係助詞です。連体形の係り結びを起こしているから。たとえば次の歌。
【夜や寒き】【友や恋しき】寝て聞けば佐保の河原に千鳥鳴くなり
           (堀河百首・冬十五首・千鳥・隆源・989)
「夜が寒いのだろうか、友が恋しいのだろうか、」と訳します。形容詞「寒き」が連体形になっているから、疑問の係助詞です。「AはBなのだろうか、CはDなのだろうか」と訳してよいパターンです。

 

では、「体言(名詞)+や+体言(名詞)」の形で疑問の係助詞に解する例はあるか。あります。次の歌。
雲や波波や雲とも見えわかぬ舟路のはては霞なりけり
           (御室五十首・春十二首・顕昭・604)
「あの雲は波だろうか、あの波は雲だろうかとも、見分けることができない(ほど遠い船路の果て)」と訳します。この歌は「見えわかぬ=見分けることができない」とあるから「や」が「どちらなのだろうか?」という疑問の係助詞だと解釈できる。んー、この「見えわかぬ」は係助詞の結びではなくて体言「舟路」に接続する連体形、だと思います。

 

「夜や寒き」や「雲や波」のように疑問の係助詞に解釈するという先例があること、空と海が見分けられない、月が氷のように見えると詠む先例があること、この2点から疑問の係助詞として訳しました。

 

ただし、ふつう、「体言(名詞)+や+体言(名詞)」なら並列の間投助詞です。

たとえば、
何となく【花や紅葉】を見しほどに春と秋とをいくめぐりしつ
          (三百六十番歌合・雑・藤原隆房・690)
これは並列の「や」です。「花やら紅葉やらを」と訳します。今でも「ご飯やパン」、「プリンやティラミス」のように「体言(名詞)+や+体言(名詞)」ときたらふつう並列の間投助詞です。ただ、和歌の構造の先例によって、ここでは疑問の係助詞と訳しました。「空とか海とか月とか氷とか千鳥とかが迷ってる」と訳してしまうと歌としていかがなものか、という内容からの補強もあります。

 

ところで作者の忠良さん、これほど凄味のある歌を詠める人だったとは思いませんでした。

 

Q 「なり」の見分け方。

A そうそう。このお話をしておかないと。「なり」には4種類あります。文法の教科書の後ろの方に、紛らわしい語の見分け方、のようなページがないでしょうか。ラ行四段活用動詞、ナリ活用形容動詞、断定の助動詞、伝聞推定の助動詞、です。

 

「迷ふ」が四段活用動詞である以上、「なり」はラ行四段活用動詞ではない。動詞と動詞がくっつくときには上の動詞が連用形になるからです。そうなの? という方は文法の教科書の最初の方の、用言の活用の種類についてのページを見ましょう。未然形とはなにか、連用形とはなにか、書いてあると思います。

 

はい次、「迷ふ」が四段活用動詞である以上、「なり」はナリ活用形容動詞ではない。「迷ふ」は形容動詞の語幹にはならないからです。そうなの? という方は文法の教科書の形容動詞のページを見てください。さて次、次が問題です。「迷ふ」が四段活用動詞である以上、「なり」が断定の助動詞なのか伝聞推定の助動詞なのか、形の上では見分けることができない。

 

で、どうするか。状況から判断してください。千鳥が鳴いているようだ、と千鳥の声を聞いているのだから推定です。

 

品詞分解

名詞/係助詞/名詞/名詞/係助詞/名詞/格助詞/名詞/
空/や/海/月/や/氷/と/さよちどり/

名詞/格助詞/名詞/格助詞/名詞/
雲/より/波/に/こゑ/

ハ行四段活用動詞「迷ふ」終止形/伝聞推定の助動詞「なり」終止形/
迷ふ/なり