和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

秋の和歌 人生で一番の思い出は?ときかれたら ― 秋をへて老となるまで馴れにけり月よりほかの思ひ出ぞなき

秋をへて老となるまで馴れにけり月よりほかの思ひ出ぞなき
(続後拾遺集・雑歌・弘安百首歌奉りける時・式乾門院御匣・1061)

 

現代語訳

幾秋を経て老いの身となるまで(あの月に)親しんできました。(私の人生に何があったかと聞かれれば)月より他の思い出はない(と言ってもよいほどに)。

 

内容解説

こういう、人生をかけて言い切るような言葉を私はまだ持っていません。この年まで生きてきたけどね、という前置きをきくと、私にはまだ使うことのできない厚みのある言葉だなあと思います。いや、年はとりたくないと思っているのです。20代が終わるよぎゃああくらいのことは、人なみに。

 

なによりも月を愛しているから他のものなど挙げるまでもないという表明ともとれますし、そういうことではなくて、何を思うにしても月とともにある人生だったとも解釈できます。いろいろな出来事が人生にあって、その人生を思い出すときにはいつも月を見ていた。どんな記憶も月と結びついていた。だから、人生の思い出はと問われれば月よりほかのものはない、というふうに。

 

長いあいだ親しんでいたという理由は、そのもの自体の特徴を挙げて価値を認める評価ではありません。そのもののどこに価値があるかではなく、そのものとともに過ごした時間があるということ、自分の人生がそのものとともにあってながく切り離せなかったという関係性に価値を置いた評価です。この年になるまでずっと、月とともに生きてきた。今になってやはり月以外のものはない。こういうセリフは何歳になったら自分のものとして使えるのでしょうか。

 

 月の和歌

秋の月、水の輝き ― 石ばしる水のしら玉かず見えて清滝川にすめる月影

月の夜に、何を思い残すことがあるでしょうか ― ひとりゐて月を眺むる秋の夜はなにごとをかは思ひ残さん

夜明けの月、桜が舞い踊る ― 山たかみ嶺のあらしに散る花の月に天霧るあけがたの空

 

 

古典文法解説

Q 「秋」と書いて「とき」と読まないのですか。

A 言いますね。一日千秋などと言います。ただここは秋の月を詠んだ歌ということでよいと思います。

 

品詞分解

名詞/格助詞/ハ行下二段活用動詞「ふ」連用形/接続助詞/
秋/を/へ/て/

名詞/格助詞/ラ行四段活用動詞「なる」連体形/副助詞/
老/と/なる/まで/

ラ行下二段活用動詞「なる」連用形/強意の助動詞「ぬ」連用形/
馴れ/に/

過去の助動詞「けり」終止形/名詞/格助詞/名詞/格助詞/
けり/月/より/ほか/の/

名詞/係助詞/ク活用の形容詞「なし」連体形
思ひ出/ぞ/なき