和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

恋の和歌 夢ならば、逢わなければよかった ― 夢よ夢恋しき人にあひ見すなさめてののちにわびしかりけり

  題しらず
夢よ夢恋しき人にあひ見すなさめてののちにわびしかりけり
   (拾遺集・恋二・題しらず・よみ人しらず・709・11世紀)

English(英語で読む)

 

現代語訳

  歌の題は不明
夢よ、夢。決して(夢の中で)恋しい人に逢わせないでくれ。目覚めた後に(ああ夢だったのかと思うのは、耐えがたく)やるせないものなのだ。

 

内容解説

単純なことばほど訳しにくいものだなと。「わびしかりけり」をどう訳すかという話です。
まずは「わびし」。『日本国語大辞典』でひいてみました。「1気落ちして力が抜けてしまう感じである。/2やるせない気持である。/3物足りない。」等の訳が出てきますが、これはもう、ごちゃごちゃ説明してわかっていただくものではなく、あなたに似たような体験があれば、そう、それです。手に入れた、と思ったら夢だった感覚。どの訳でも通じると思いますが、「やるせない」を採用してみました。

 

次の問題点が「けり」なのですが、これも『日本国語大辞典』をひいてみました。「けり」の意味。ああなるほど。
「1. 事実としては存在していたにもかかわらず、それまで気づかれていなかったことに気づくことを表わす。発見を表わす。…ていたのだな。…たのだな。/2. すでに気づいていることであるが、なぜ起こっているのか分かっていないことについて、こういう条件があれば、そうなるのが道理であるという筋道を見いだして、納得することを表わす。さとりを表わす。それで…ていたのだな。そういう訳で…たのだな。」
「けり」とは、なるほどそうだったのか!という発見。発見だから過去の助動詞といわれるわけです。わびしいんだなあと気がついた。

 

で、ですね。ここで作者は何に気がついたのかと。現実には逢っていないことに気がついたのもそうなんですが、「わびしかりけり」といっているのだから、自分が「わびし」と思っていることに気がついたのです。夢からさめて、ああ私は今わびしいのだ、自分はこんなにも恋をしていたのか!と、はじめて気がついたわけです。おめでたい奴め。両思いなのか片思いなのか、これだけではわかりませんが、夢の中でしか手に入らない人なのかもしれません。
「あひ見すな」という上の句の強い命令に対して、下の句の「わびしかりけり」という弱い哀願。上半分強気で下半分弱気なパターンです。

 

逢いたい和歌

わたしに逢えないなら死ぬ、ですって? ― いたづらにたびたび死ぬといふめれば逢ふには何を替へんとすらん

だって、逢ってくれないではないですか ― 死ぬ死ぬと聞く聞くだにもあひ見ねばいのちをいつの世にか残さん

あなたはもう、この世のどこにもいないのですね ― うつくしと思ひし妹を夢に見て起きてさぐるになきぞかなしき

 

文法解説、品詞分解は以下をご覧ください。

 

古典文法解説

―ゆめ・上一段動詞「見る」・形容詞のカリ活用

 

Q 現代語訳「決して」はどこからきたの?

A ふたつめの「ゆめ」には名詞「夢」と副詞「ゆめ(決して~しないでほしい)」がかかっています。「ゆめゆめ~するな」なんてふだんの会話では使いませんが、そういう言葉があります。「そんな事とはつゆ知らず」の「つゆ」は「露」ではなく、「全く~(ない)」という意味の副詞です。そういうの、時々あります。
初句は「夢よ夢」と夢に対して呼びかけつつ、「ゆめ(決して)あひ見すな」と命じています。ふたつめの「夢」が、「夢」と「ゆめ(決して)」との両方の意味を持っています。これを「掛詞」といいます。ぜひ覚えておいてください。

 

Q 「あひ見すな」の品詞分解はどうなりますか?

A 「あひ見す/な」です。「見す」は「見る」の他動詞です。自動詞は自分でする。他動詞は人にさせる。
ここでは「夢」を他者のように扱って、私に恋しい人を見せないでくれ、逢わせないでくれと夢様にお願いしているわけですから、他動詞です。品詞分解がわからないときには「あひ」「あひみ」「あひみす」「みす」と、片っ端から古語辞典を引いてみるといいです。どこかで当たりが出ます。「あひ」は「お互いに」という接頭語です。

「あひ見」という名詞もありますが、「あひ見/す/な(名詞/使役助動詞/禁止終助詞)」にすると、名詞に助動詞がついてしますので却下です。ん?「す」を動詞に解釈する? そうすると使役が消失して、「夢」に対して恋人と逢うなと命じていることになりますね。却下。
「な」は禁止の助動詞。終止形につきます。「押すな、押すなよ」

 

Q 「わびしかりけり」の品詞分解もついでに。

A 「わびしかり/けり」ですよ。変なところで切らないように。
形容詞、たとえば「わびし、悲し、恋し、赤し、美し」のように物事の状態や人の気持の状態を表す言葉が、助動詞のたとえば「けり、なり」などに接続するときには、形容詞が「カリ活用」になります。ですから、「わびしかり」で一語。なにが「ですから」だ?という方は文法の教科書をどうぞ。形容詞のページです。活用形が2通り書いてある左側がカリ活用です。

 

品詞分解

名詞/間投助詞/名詞/シク活用の形容詞「恋し」の連体形/
夢/よ/夢/恋しき/

名詞/格助詞/サ行下2段活用動詞「あひ見す」の終止形「見す」/終助詞
人/に/あひ見す/な/

マ行下2段活用動詞「覚む」の連用形/接続助詞/格助詞/
覚め/て/の/

名詞/格助詞/シク活用形容詞「わびし」の連用形/
のち/に/わびしかり/

過去の助動詞「けり」の終止形
けり