読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

桜の和歌 花の上に、かすかな夕日が沈んでゆく ― 花のうへにしばしうつろふ夕づく日いるともなしに影きえにけり

  夕花を
花のうへにしばしうつろふ夕づく日いるともなしに影きえにけり
   (風雅集・春歌・永福門院/女性・199)

 

現代語訳

(夕方の光に照らされた)花の上にしばし揺らぎとどまる夕日(を見つめていたら)、いつ沈んだともわからないうちにふっと消えてしまいました。

 

内容解説

夕づく日。ゆうづくひ、と読みます。夕日、夕方の光のことです。

 

なんというか、この1年それなりに饒舌に解説をしてきたのですが、この歌の前にはどんな言葉も追いつかない。夕焼けの空というものは夕日が沈んだから一気に暗くなるものではなくて、徐々に染まる景色の中で入り日がゆっくりと落ちていって、いつ消えたともなしにふっと消えてしまった。そんな歌です。

 

時間が過ぎるということは、時間が過ぎるということであって、日が沈むということであって、自分の人生が過ぎてゆくということであって、その3つはいずれも寸分の狂いもなく同じように過ぎてゆくはずで、それがずれたときに人の世の悲劇は起こる。在原業平のあの歌はその最たる物です。

 

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして
    (伊勢物語・第四段・男・5)

 

「月は昔のままの月ではないのか。春は昔のままの春ではないのか? 私だけがあなたへの恋にとらわれたままなのか!」自分の時間と外の時間がずれていることへの悲しみ。人生とは時間以外の何物でもない。

 

それに対して永福門院のこの歌の、なんとおだやかに満ちたりていることかと思います。巡る季節、沈む夕日、女院のまなざし、全てがひとしく同じ空のもとに息づいている。同じリズムで同じ時を刻んでいる。こうやって、もう何百年も何千年も前から花はひらいて花は散り、日は昇り日は沈み、人の世は過ぎてきたのだというように。永福門院という女性をとおして和歌史がたどりついたひとつの頂点。永遠のまなざし。

 

桜の和歌

桜がある限りどこまでも行ける― 桜花咲ける尾上は遠くともゆかむかぎりはなほゆきて見む

この手に桜を ― なほ折りて見にこそゆかめ花の色香散りなむのちは何にかはせん

春のおわりの日 ― 何もせで花を見つつぞ暮らしつる今日をし春のかぎりと思へば

 

古典文法解説

Q 「消え」の終止形は「消ゆ」である。

A ヤ行下二段活用動詞、です。ヤ行は「やいゆえよ」、ワ行は「わゐうゑを」です。「消え」の「え」はもともと「ye」と発音してア行の「え(e)」とは別の音だったのが、西暦950年頃に同じ音になったそうです。ワ行の「ゐ」も「wi」という発音だったものがこちらは西暦1200年頃に「i」の発音になり、ア行の「い」と区別がなくなりました。「を」は西暦1000年頃に「wo」から「o」に発音が変わりましたが文字だけは残っているのだそうです。なるほどー。いま調べました。

 

Q 「花の上に」「いるともなしに」「にけり」の「に」を文法的に説明せよ。

A 「にき」「にけり」「にたり」「にけむ」とあれば完了の助動詞「ぬ」の連用形だと覚えて下さい。

「に」といえば①完了の助動詞「ぬ」の連用形 ②断定の助動詞「なり」の連用形 ③ナリ活用形容動詞「○○なり」の連用形活用語尾 ④格助詞 ⑤接続助詞 ⑥副詞の一部 です。

 

以下、再再掲ですが説明します。以前のコピペのコピペじゃないかと言わないように。多少付け足しがあります。下のほうに。

①完了の助動詞「ぬ」の連用形。連用形に接続します。今回はこれです。「に」の直前に「消え」があります。「消え」が動詞であるということは上でご説明したとおり。連用形だったと覚えていますね。連用形に接続する「に」だからこれは完了の助動詞。「にき」「にけり」「にたり」「にけむ」とあれば完了の助動詞「ぬ」の連用形とも覚えておくと便利です。
②断定の助動詞「なり」の連用形。体言・連体形に接続します。「にやあらむ」などの形を取ります。
たとえば、「父はなほびとにて」の「に」は「なほびと」という体言(名詞)の下に接続していますから②の断定。
たとえば、「散りにけり」の「に」はタ行四段活用動詞「散る」の連用形に接続していますから、①の完了。
わかります?「に」の見分け問題は、「に」が何かを聞く問題というよりも、「に」の上の語が何かを聞く問題だと思ってください。「に」がきたら、上の語を見る。上の語の活用形が何かをチェックです。

 

③ナリ活用形容動詞「○○なり」の連用形活用語尾。これは一番みわけやすい。形容動詞ですから、なにかを形容しているわけです。「あはれに」とか「静かに」とか「あてに(上品に)」とか。現代語でも違和感のない表現ではないでしょうか。これは形容動詞なの?と思ったら古語辞典を引いてみましょう。
上に「とっても」をつけても意味が通るのが形容動詞です。「とっても静かに」。通じますね。形容しているのですから、どの程度「静か」なのかを言うこともできるわけです。
みわけるのは簡単ですが、答えるときには注意してください。記述問題であった場合、「ナリ活用の形容動詞「静かなり」の連用形活用語尾」までしっかり書かないと×になるおそれがあります。

 

④格助詞。「格」というのは、その言葉がその文章の中でどういう役割なのかを示しています。「私にあなたがチョコを与える」だと、「私」に「あなた」から「チョコ」が譲渡されるという意味になります。「私があなたにチョコを与える」だと、「私」から「あなた」に「チョコ」をあげるから泣くな鼻水を拭けという意味になります。「に」にするか「が」にするかで、チョコをあげる人もらう人が変わります。これが格助詞の役割です。
「花の上に」はこれにあたります。「あなたに」「上に」「学校に」。
格助詞は体言と連体形に接続します。「あなたに」とか「家に」とかの「に」です。上が体言(名詞)だったら、格助詞か②断定の助動詞「なり」の連用形を考えましょう。

 

⑤接続助詞。現代語では「に」を接続助詞として使うことがありません。適当な例文が作りにくいのですが、「いるともなしに」はこれです。「いるともなし」と「影きえにけり」のふたつの文章を接続させているからです。意味は逆説の確定条件。「~なのに」です。「(日が)いつ入ったともわからないのに、消えてしまった」。

 

と思ったのですが、よく考えるとおかしい。接続助詞の「に」は連体形に接続する。「なし」は形容詞の終止形。接続助詞の「に」が終止形「なし」に接続できるわけないじゃん? てなわけで調べました。調べたところ、「接続助詞「を」「に」は連体形接続ですが、「に」には形容詞の終止形に接続して連用修飾語を作る語法があります。」なのだそうです。「に」が形容詞の終止形に接続する用法があるのだそうです。なにー? 私の手元には東京書籍と明治書院の文法の教科書(副読本)があるけれど、そんなことはどこにも書いてないぞ。とはいえ例文に「慰むる心はなしに雲隠り鳴き行く鳥の音のみし泣かゆ(万葉集898)」とあるし、現代語でも「見るともなしに見ていた」なんて言うし、奈良時代から現代まで珍しい表現ではなさそうな。でもよく考えたら厚さ8㎜の教科書で古典文法を網羅できるわけないもんな。

 

⑥ラスト。副詞の一部。これは古語辞典を引きましょう。副詞かどうか書いてあります。形容動詞か副詞か文法上曖昧なものもありますが、それは将来国語学の研究者にでもなったら考えましょう。

 

(接続助詞「に」の終止形接続、ヤ行ワ行の発音は、小田勝『古典文法詳説』から引用しました。改訂版もあるそうです)

 

品詞分解

  名詞/格助詞
  夕花/を

名詞/格助詞/名詞/格助詞/副詞/
花/の/うへ/に/しばし/

ハ行四段活用動詞「うつろふ」連体形/名詞/
うつろふ/夕づく日/

ラ行四段活用動詞「いる」終止形/格助詞/係助詞/
いる/と/も/

ク活用形容詞「なし」終止形/接続助詞/名詞/
なし/に/影/

ヤ行下二段活用動詞「きゆ」連用形/完了の助動詞「ぬ」連用形/
きえ/に/

過去の助動詞「けり」終止形
けり