和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

恋の和歌 好きだけど、その人についてまだなにも知らない ― まだしらぬ人をはじめて恋ふるかな思ふ心よ道しるべせよ

まだしらぬ人をはじめて恋ふるかな思ふ心よ道しるべせよ
       (堀河百首・初恋・肥後・1134)

 

現代語訳

まだ(その人について)何も知らない人のことを初めて好きになりました。(あなたを)思う(わたしの)心よ、(わたしの思いをあなたに伝える)道しるべになってください。

 

内容解説

その人について、まだ何もしらない。どんな人なのか、どうしたら会えるのか、わからない。好きだけれど、手がかりがない。手がかりがないけれど、あなたに伝えたくて、会いたくて、あなたが好きだというこの思いだけがあなたとわたしをつないでいる、という、もどかしい時期にもまだなっていない時のもどかしさ。

 

古典だと、あの末摘花事件のように顔も知らない相手と恋を始めるということが珍しくないけれど、人を好きになったらその人のことをもっと知りたいと思うのはいつの時代でも同じなんでしょうか。その人についてよく知っていて、ながいつきあいの上でこの人がいいと決める恋もあるし、その人についてあまり知らないのにどうしてだか好きになってしまう恋もあるし、でもやっぱり、好きな人にはもっと会いたいし、もっと話したいし、もっと知りたい。だから、あなたが好きというこの気持ちが、わたしをあなたのところに導いてくれますように。そんな、恋の初めのころの切ない祈りです。

 

恋の和歌

わたしに逢えないなら死ぬ、ですって? ― いたづらにたびたび死ぬといふめれば逢ふには何を替へんとすらん

一瞬の、君 ― 朝影にあが身はなりぬ玉かぎるほのかに見えて去にし子ゆゑに

ああよくあることだよねー笑 っていわれる温度差 ― 言へば世のつねのこととや人は見む我はたぐひもあらじと思ふを

 

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恋の和歌 心、恋、ばらばらに ― きみ恋ふる心は千々にくだくれどひとつもうせぬものにぞありける

きみ恋ふる心は千々にくだくれどひとつもうせぬものにぞありける
    (後拾遺集・恋四・題不知・和泉式部・801)

 

現代語訳

あなたを恋しいと思う(のに、それがかなわないつらさに私の)心は砕けてばらばらになってしまったけれど、(だからといって、その心のかけらは)ひとつも失せることなく私を苦しめ続けるのです。

 

内容解説

あまりに好きで、好きで心が壊れそうで、壊れて散ってなくなってしまったら忘れられるかと思ったのに、ただのひとつもなくなってくれずにわたしを苦しめ続ける。

 

もう心はとうに壊れているのです。壊れてしまって、そのばらばらになった心のかけらをじっと見つめて、痛みも感じていないのかもしれません。上の句の「心は千々にくだくれど」の部分はばらばらになった心の亀裂を詠んでいるのに、下の句の「ひとつもうせぬものにぞありける」という部分にはその心を外から観察しているかのような冷静さがある。きのう今日に始まった恋ではないでしょう。泣いて嘆いて恨んで苦しんで思いの限りを尽くしてそれでもどうにもならなくて壊れてしまった自分の心をふしぎな静かさで詠んでいる。

 

これ以上なにをしてもあの人が振り向いてくれないことはわかっているし、これ以上なにをしてもあの人を思いきることができないこともわかっている。わかっていて、でもどうしようもない思いを抱えて、それでも、あなたが好きです。

 

恋の和歌 

同じように愛している? ― はかなくておなじ心になりにしを思ふがごとは思ふらんやぞ

夢ならば、逢わなければよかった ― 夢よ夢恋しき人にあひ見すなさめてののちにわびしかりけり

雨のしずくが落ちるように、あなたを思い続けています ― 雨やまぬ軒の玉水かずしらず恋しき事のまさるころかな

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冬の和歌 わたしは泣いているのでしょうか ― 恋もせず物もおもはぬ袖のうへに涙をながすはつしぐれかな

恋もせず物もおもはぬ袖のうへに涙をながすはつしぐれかな
   (拾玉集・詠百首和歌当座百首・冬・時雨・1443)

 

現代語訳

恋をしているわけでもない、悩み事があるわけでもない私の袖の上に、涙と(みまごうばかりに)ふりそそぐ初時雨であるよ。

 

内容解説

しぐれ。晩秋から初冬へ、一気に季節を塗り替えてゆく冷たい雨です。

 

つらい恋をしているわけでもない、苦しい悩みを抱えているわけでもない、泣く必要など心のどこを探してもないはずのわたしが時雨の空を見つめて、その時雨がまるで涙のように袖を濡らしている。なぜ涙に見えるのか、自分でもわからないのです。

 

華やかに寂しい秋がすぎて一面の冬枯れだからかもしれません。身にしみとおるような寒さゆえかもしれません。この一年が終わってしまう寂しさとも考えられます。本人に特に心当たりがないというのですから、こちらで理由を推測するのは難しいでしょう。時雨に濡れた袖がふと涙のように見えて、あれ、どうしてだろう。そんな思いが自分の中にあるのかと心のうちを見つめ直しても、何も思い当たらないのだけれど。

 

雨の和歌

雨のしずくが落ちるように、あなたを思い続けています ― 雨やまぬ軒の玉水かずしらず恋しき事のまさるころかな

雨の夜に生涯をふりかえる ― 夜もすがら涙も雨もふりにけり多くの夢の昔語り

あやめの香る雨のしずくに ― 五月雨の空なつかしきたもとかな軒のあやめの香るしづくに

 

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