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和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

恋の和歌 ああよくあることだよねー笑 っていわれる温度差 ― 言へば世のつねのこととや人は見む我はたぐひもあらじと思ふを

言へば世のつねのこととや人は見む我はたぐひもあらじと思ふを
   (重之女集・恋廿首・89)

 

現代語訳

(あの人が好きですと)言葉にすれば、どこにでもある恋だと人は見るでしょうか。私にとっては何ものにも代えがたいただひとつの恋だと思っておりますのに。

 

内容解説

ほんとそうです。恋愛に限らない。なんだってそう。自分にとっては切実な、真剣な、唯一無二のものであっても、他人から見れば、あーよくあることだよねーっていう、温度差。

 

「人は見む」の「人」は誰を指しているんでしょう。恋歌の「人」は、その恋愛対象である誰かを指すこともあるし、それ以外の他人、自分の周りにいる人たちや世間一般の人たち、恋愛の噂話をする人たちを指すこともあります。「あいつ○○が好きらしい笑」「マジか笑」と盛り上がるだろう他人に対して、おまえら気楽な噂話にするな! そんなんじゃないんだ! と言いたいのか、好きな相手に告白したらば「は?」くらいにあしらわれるかもしれないけれど、僕は本気なんだ! と言いたいのか。ちょっとわかりにくいですが、噂話をするであろう他人を指していると解釈しました。

 

自分の恋愛、それものめり込んでいる恋愛については好きという以外に何とも表現のしようがなくて、まわりから何といわれたってもうどうしようもない。私の恋は私だけのもので、「うんうんわかるよー」と言われたって、「その人やめたほうがよさそう…」と言われたって、つまるところ片思いというものは、徹頭徹尾自分だけのものなのです。で、そういう恋は星の数ほどどこにでも転がっていて珍しいものでもなんでもない。そういう自分から見たって昔はつまんない恋もしたなーなんて思うし、でもそのときはその時で本気だったし。

 

この歌は後に『玉葉集』にも撰ばれています。そして三句目が「人は見む」ではなくなっています。
言へば世のつねのこととや思ふらん我はたぐひもあらじと思ふに
         (玉葉集・恋三・1523)

これだと、噂話をする他人を指しているのではなく、好きな人に告白したら本気にとってもらえない、と解釈してもよさそうです。「思ふらん」という形で後世に伝わっていた伝本があるのか、「人は見む」だと誰を指すのかわかりにくいから校正したのかどちらでしょうか。

 

ひとりの和歌 

雨の夜に生涯をふりかえる ― 夜もすがら涙も雨もふりにけり多くの夢の昔語りに

あなたはもう、この世のどこにもいないのですね ― うつくしと思ひし妹を夢に見て起きてさぐるになきぞかなしき

月の夜に、何を思い残すことがあるでしょうか ― ひとりゐて月を眺むる秋の夜はなにごとをかは思ひ残さん

 

古典文法解説

Q 「我は人は」の「は」と、「たぐひも」の「も」は係助詞である。

A あんまり聞かれることもないかと思いますが、格助詞と間違えやすいので注意。このふたつは係助詞ですが係り結びを起こしません。「見む」が連体形になっているのは「や」の係り結びです。「や」は疑問の係助詞。「~か」と訳します。「む」は推量の助動詞。「~だろう」と訳します。両方あるときは「~だろうか」と訳す、と覚えてください。古文では「や」と「む」位置が離れていますが、現代語訳ではセットで「~だろうか」とします。

 

Q 「じ」は終止形

A 引用を表す格助詞「と」は終止形に接続します。連体形ではないので注意。

 

品詞分解

ハ行四段活用動詞「言ふ」已然形/接続助詞/名詞/格助詞/
言へ/ば/世/の/

名詞/格助詞/名詞/格助詞/係助詞/名詞/格助詞/
つね/の/こと/と/や/人/は/

マ行上一段活用動詞「見る」未然形/推量の助動詞「む」連体形/
見/む/

名詞/係助詞/名詞/係助詞/ラ変動詞「あり」未然形/
我/は/たぐひ/も/あら/

打消推量の助動詞「じ」終止形/格助詞/
じ/と/

ハ行四段活用動詞「思ふ」終止形/格助詞
思ふ/を