和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

雑の和歌 おとうさんといもうと(むずかしいお年ごろ) ― ひとりには塵をもすゑじひとりをば風にもあてじと思ふなるべし

  祭主輔親、内に侍るむすめのもとへ扇調じてつかはしけるを、
  うらやましくやおもひけむ、おととむすめの十一二ばかりなる
  が、硯の箱に書きていれたりける
ともすれば思ひのあつきかたにこそ風をもまづはあふぎやりけれ
    (続詞花集・雑上・輔親のむすめ(いもうと)・775)
  これを見てかたはらに書きつけける
ひとりには塵をも据ゑじひとりをば風にもあてじと思ふなるべし
    (続詞花集・雑上・大中臣輔親・776)

 

現代語訳

  祭主輔親が、内裏に仕えている娘のもとへ扇子を調えて贈ったのを、
  うらやましく思ったのだろうか、妹で11歳か12歳ほどのむすめが、
  (父の)硯の箱に書いて入れた(歌)
何かあると(お父さんは)大事に思っているお姉ちゃんのほうに風を先にあおいであげようと(扇を贈ったり)するのね(それでわたしには何もくれないのね!)。

 

  これを(父が)見て、(その歌の)傍らに書き付けた歌
(姉である)ひとりには(あまりに大切なのでその身の回りに)塵をも置くまい(と思って塵をあおぐための扇を贈り)、もうひとり(の妹であるあなたに)は(あまりに大切なので)風をもあてまいと思っているのです(そのためあなたには風をあおぐ扇もさしあげなかったのです。扇をさしあげたお姉ちゃんも、扇をさしあげなかったあなたも大切な娘と思っているのです)。

 

内容解説

おねえちゃんばっかりずるい! 

 

まあ、あるよねえ。お姉さんはもう就職しているのです。「内に侍るむすめ」ですから内裏にお仕えしているエリート女性です。内裏にお仕えするというのは支度だけでもけっこうなお金がかかるもので、あの十二単衣がまず高価。持ち物から持ち物を入れる箱から何から何まで高価な品をそろえて、姉の身の回りの世話をする侍女までつけてようやく出仕できます。まあ当然ですね、宮中ですから。そうやってお姉さんがあれこれ揃えてもらって華々しくキャリアをみがいていくさまを妹は家でじっと見ているわけです。おねえちゃんばっかりずるい! 

 

14歳くらいで女性として一人前あつかいされますから、妹はまだ大人というほどでもなくて、でも子どもでもないお年頃。この時代の扇というのはたんにぱたぱたあおぐだけのアイテムではなくて、特に女性によっては重要なアクセサリーです。絵柄ひとつで人柄まで判断される。それも宮中に仕える若い女性の扇となれば材質から絵柄まで美しいものを準備したでしょう。

 

とはいえ、その、なんでずるいわたしもほしいという気持ちをじゃあお父さんに真正面から言えるかというとそうもいかない。お姉さんだって別に遊びに行っているわけではなくて、この時代の宮仕えは家の浮沈を掛けた大勝負です。有名な人は何人もいます。伊勢や紫式部や待賢門院堀河や、たまたま頭のいい人が何人かいました、ということではなくて、仕事ができて、知識があって、コミュ力があって、字がきれいで、ファッションセンスが良くて、モテて、要はその一族が宮廷社会で生き延びていくための重要な戦力を備えた人物として彼女たちは送り込まれている。お姉さんがあらゆる手段を使って宮中の情報を実家に伝え、実家の希望を宮中で知り合う高位貴族に伝えて奔走していることくらい、妹だってわかっている。そのお姉ちゃんへの投資としてお父さんが扇を新調したことくらいわかっている。これはいわば事務用雑費。

 

そんなわけで、言いたいことを歌に仕立ててお父さんが硯をいれている箱に入れておきました。歌の形にするとちょっと芝居がかった感じになりますから直接言うよりだいぶニュアンスがやわらぎます。大事に思っているお姉ちゃんのほうに何でもさしあげるのね! 「思ひ」に「火」が掛詞になっています。駄々をこねて困らせたいわけじゃないけれど、わたしの気持ちだってわかってよね。それを発見したお父さん、さてどうしたものか。

 

このお父さんの大中臣輔親というひと、何人か娘さんがいたようで誰がこの歌の作者なのかわからないのですが、宮仕えしていた娘として有名なのは伊勢大輔です。「いにしへの奈良のみやこの八重桜けふここのへににほひぬるかな」と詠んで一躍スターになった後のできごとでしょうか。この大中臣家は代々歌人として知られ、頼基・能宣・輔親・伊勢大輔康資王母・安芸の計六代は「六代相伝歌人」と称されるほど有名でした。さすがに歌人の一族だけあって返歌も手慣れたものです。風にも当てまいと思うほど妹のあなたを大切にしているからですよ、と。すてきな扇がもらえたでしょうか。

 

風が吹く和歌

はるかな夏の海 ー 潮満てば野島が崎のさゆり葉に浪こす風の吹かぬ日ぞなき

風に吹かれて ― 夏をすごす永日すらながめて夏を過ぐすかな吹きくる風に身をまかせつつ

夏の午後 まどろみの午後 ー 妹とわれ寝屋の風戸に昼寝して日たかき夏のかげをすぐさむ

 

古典文法解説

文法、もそうですけれど、古文をどう読むかという話をまずはします。「うらやましく思った」のはだれか。おととむすめだ、とすぐにわかった方は飛ばしてください。

  祭主輔親、内に侍るむすめのもとへ扇調じてつかはしけるを、
  うらやましくや思ひけむ、おととむすめの十一二ばかりなるが、
  硯の箱に書きていれたりける

これ、古文によくある文章の型です。「何かがあったのを、(Aさんは)こう思ったのだろうか、Aさんは、こうしました」まる。説話などにもよく見られる基本的な文体です。こういう順序で展開する。のですが、この(Aさんは)が書かれてないから現代人は途中で混乱してしまう。現代文で書かれていれば何も混乱することはないのです。「輔親がむすめに扇をあげたのをうらやましく思ったらしくて妹が硯の箱に歌を書いていれたんだって」と言われたら「うらやましく」の前に(妹が)を補うことくらいすぐにわかる。これがなぜ古文になるとわからなくなるかというと、なんででしょう?

 

それは、ひとつには古典文法に自信がないからです。「うらやましくやおもひけむ」を正確に訳せないからです。うらやましく思ったんだか、思ってないのだか、思われたのだか、わからないために状況がつかめないからです。全て正確に訳してみましょう。

  祭主輔親が、内裏に仕えている娘のもとへ扇子を調えてあげたのを、
  うらやましく思ったのだろうか、妹で11歳か12歳ほどのむすめが、
  硯の箱に書いて入れた(歌)

「うらやましく思った」のは妹ですね。正確に現代語訳して状況をつかめば、誰が何をどうしたのかは簡単にわかります。

 

で、もうひとつは、主語が少ない古文を読むことになれていないから、です。授業で習った文章でよいです。頭の中で主語を補いながら読んでください。これ、なかなか言ってくれる人がいないんですけど、同じ文章を繰り返し読んでください。部活で基礎練くりかえすのと一緒です。何度も繰り返して身体に染みこませようとする、それと一緒です。

 

Q 内に侍る

A 「内」うち、と読みます。内裏のことです。天皇のホームです。古語辞典をひいておいてくださいな。

 

そうしましたら次は「侍る」、元の形は「侍り」です。文法の教科書に「敬語」のページがあると思います。もしくは古語辞典の「侍る」をひいてください。意味がみっつあります。「誰かに仕える」という意味と、「ある/いる」という意味と、「~です/~ます」という意味と。仕えるのだって身分の高い人のそばに「いる」のですから似たようなものかもしれません。見分け方は一応あって、「謙譲の動詞」なら「誰かに仕える」、「丁寧の動詞」なら「ある/いる」、「丁寧の補助動詞なら「~です/~ます」になるのですが、この時点でいいやと思った方はとりあえず「誰かに仕える」という意味と、「ある/いる」という意味と、「~です/~ます」という意味があるということだけ覚えてください。聞いてやらんでもないぞ、という方は以下3点もどうぞ。

 

謙譲語というのは、動作を受ける人に対する敬意です。「侍る」=「お仕えする」が謙譲語であるときは「お仕えする」という動作をする人ではなく、その動作をされる人=仕えられる人、に対する敬意となります。そりゃ敬意の対象は従者ではなく主人ですね。ここでは「内裏にお仕えする」ですから、お仕えされる内裏、その内裏に住んでいる人、という意味になります。天皇か中宮か、このむすめさんが仕えている人になります。

丁寧語というのは、その話を聞いている人に対する敬意です。「~におります。~にございます」は誰かに対する動作ではなくて、話している相手に対して丁寧に言う表現です。

丁寧語の補助動詞というのは、「言いました」のように「言う」という動詞に「ました」をつけて丁寧にする言葉です。

 

Q 「つかはす」の訳しかた。

A 古語辞典を引いていただくと、「与える・贈る」という意味と、「お与えになる・お贈りになる」という意味と、あると思います。意味は同じなのですけれど尊敬語として解釈するかどうかということです。今回は尊敬語としてはとらえず、「贈る」と訳しました。与えたのはお父さんの輔親で、同じ輔親の動作が次の歌では「これを見てかたはらにかきつけける」と書かれています。片方で敬語が使われていないのに、別のところで敬語が使われているということはありません。話し手がひとりである場合、ひとりの人に対する敬語は、必ず統一されています。あるところでは敬語が使われ、あるところでは使われていないということはない、と覚えておいてください。

 

Q 「うらやましくや思ひけむ」

A 「や~けむ」「や~らむ」で丸暗記することをおすすめします。疑問の係助詞+推量の助動詞で「~だろうか」と現代語訳します。「うらやましく思ったのだろうか」。古文はできるだけ語順を変えずに訳しますが、これは語順が変わります。「AやBけむ」の形で書かれていますが、「ABだろうか」と訳してください。もう英熟語と一緒だと思って覚えるといいと思います。

以前もこのパターンがありました。復習用におつかいください。

のちの春をばいつか見るべき

散りかかるをや曇るといふらん

 

Q おととむすめの十一二ばかりなるが

A 文法の教科書で格助詞「の」を調べてください。古語辞典でもおっけーです。これね、同格の「の」です。同格。覚えてますか同格。ぜひ覚えていってください同格。訳するときは「おととむすめ【で】11歳か12歳くらいの子が」となります。

「の」に5パターン、①主格②連体修飾格③準体法(体言の代用)④同格⑤連用修飾格がありました。
①は「私の好きなプリン」とか「私が食べる」とか、主語をあらわし「私が」と訳せるものです。

②は「私のチョコレート」とか「このクレープ」とか、名詞を修飾(説明)するものです。

③は「チーズケーキ私の」とか「だから私のだってば」とか、「私の」以下にある名詞を省略するものです。

④で、同格です。現代語にない使い方です。
古語では「タルトの桃を乗せたるを見て」と言います。
現代語訳では「タルトで桃を乗せたお菓子を見て」となります。
現代語では「桃を乗せたタルトを見て」となります。
古語では「タルト」を説明する「桃を乗せた」を、「タルト」という言葉の後ろに置くことができるのです。現代語でもできますが、その場合「タルトの桃を乗せたる□を見て」のように□部分を空白にすることはできません。「タルトの桃を乗せたを見て」とはならないのです。「お菓子」か何か、言葉を補う必要がある。関係代名詞に近いのかもしれませんが英文法に詳しくないのであんまり言及しないでおきます。見分け方としては「~の~連体形」を見たら同格を考える、です。「乗せたる」「十一二ばかりなる」のように、□部分はなくても□部分に接続するため上の言葉が連体形になっているのです。

⑤は「淡雪のアイス」とか「太陽のゼリー」とか、比喩を表すものです。淡雪のような、太陽のような、という意味です。

以前もこのパターンがありました。復習用におつかいください。

女房の、久しく参らざりける

 

Q 「ともすれば」

A 何かあると、と訳しました。現代語の「ともすれば」と同じ意味です。

 

Q 「をば」の「ば」

A 係助詞「は」の濁音化です。

 

Q 「なるべし」の「なる」は伝聞推定か、断定か。

A 断定だそうです。「なる」連体形+べし、は本来接続しないはずですが、活用語についた「なり」について、小田勝氏『古典文法詳説』170~171ページ(おうふう 二〇一〇)に次のような見分け方が示されています。③が該当しますね。
①未然形の「なら」は、「ならく」のとき推定伝聞、それ以外はすべて断定。
②連用形の「なり」は、「なり+き」「なり+つ」のとき推定伝聞、「なり+けり」「なり+けむ」のとき断定。
③連体形の「なる」は、助動詞が下接していないときはすべて推定伝聞、「なるべし」のように助動詞が下接しているときは断定。
④已然形の「なれ」は、係助詞「こそ」の結びのときは推定伝聞。
⑤撥音便形の下のナリは推定伝聞。

 

 

品詞分解

  名詞/名詞/格助詞/ラ行四段活用動詞「侍る」連体形/
  祭主輔親/内/に/侍る/

  名詞/格助詞/名詞/格助詞/名詞/
  むすめ/の/もと/へ/扇/

  サ変動詞「調ず」連用形/接続助詞/
  調じ/て/

  サ行四段活用動詞「つかはす」連用形/過去の助動詞「けり」連体形/
  つかはし/ける/

  格助詞/シク活用形容詞「うらやまし」連用形/格助詞/
  を/うらやましく/や/

  ハ行四段活用動詞「おもふ」連用形/過去推量の助動詞「けむ」連体形/
  おもひ/けむ/

  名詞/格助詞/名詞/副助詞/断定の助動詞「なり」連体形/
  おととむすめ/の/十一二/ばかり/なる/

  格助詞/名詞/格助詞/名詞/格助詞/
  が/硯/の/箱/に/

  カ行四段活用動詞「かく」連用形/接続助詞/
  書き/て/

  ラ行下二段活用動詞「いる」連用形/完了の助動詞「たり」連用形/
  いれ/たり/

  過去の助動詞「けり」連体形/
  ける/

副詞/係助詞/サ変動詞「す」已然形/接続助詞/
と/も/すれ/ば/

名詞/格助詞/ク活用の形容詞「あつし」連体形/名詞/格助詞/
思ひ/の/あつき/かた/に/

係助詞/名詞/格助詞/係助詞/副詞/係助詞/
こそ/風/を/も/まづ/は/

ラ行四段活用動詞「あふぎやる」連用形/過去の助動詞「けり」已然形/
あふぎやり/けれ/

  代名詞/格助詞/マ行上一段活用動詞「見る」連用形/接続助詞/
  これ/を/見/て/

  名詞/格助詞/カ行下二段活用動詞「かきつく」/
  かたはら/に/書きつけ/

  過去の助動詞「けり」連体形/
  ける/

名詞/格助詞/係助詞/名詞/格助詞/係助詞/
ひとり/に/は/塵/を/も/

ワ行下二段活用動詞「据う」未然形/打消意志の助動詞「じ」終止形/
据ゑ/じ/

名詞/格助詞/係助詞/名詞/格助詞/係助詞/
ひとり/を/ば/風/に/も/

タ行下二段活用動詞「あつ」未然形/打消意志の助動詞「じ」終止形/
あて/じ/

格助詞/ハ行四段活用動詞「思ふ」連体形/
と/思ふ/

断定の助動詞「なり」連体形/推量の助動詞「べし」終止形
なる/べし