和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

梅の和歌 花の鏡となる水は ― 年をへて花の鏡となる水は散りかかるをや曇るといふらむ

  水のほとりに梅花咲けりけるをよめる 
年をへて花の鏡となる水は散りかかるをや曇るといふらむ
     (古今集・春歌・伊勢/女性・44・9世紀)

English(英語で読む)

 

現代語訳

  水のほとりに梅の花が咲いていたのを詠んだ(歌)
ながいあいだ梅の花を映し続けて花の鏡となる水は、(水に花が)散りかかることを(鏡に塵がかかるごとく)曇るというのでしょうか。

 

内容解説

水のほとりに今年も梅の花が咲く。湖面は鏡のごとくおだやかに、着飾る梅のすがたを映している。毎年の、梅のすがたを映す鏡となった水のおもてに、今年もまた梅の花が散りかかり、湖面にはらりはらりと落ちて浮き、静かな水の輪がゆっくりと広がって消えていく。
花が湖面に散り敷けば、鏡のように梅を映すことはかなわない。花を受けた水のおもてを飽きずながめて、今年もまた、梅の春がすぎさってゆく。

 

「花の鏡」とは花を映す水面のことです。金属の鏡ではありません。水面を鏡に見立てて、水面に梅の花が散り敷くことを鏡に塵がかかって曇るかのようだと喩えています。梅の花を映していたけれど、梅の花が散り敷くと梅の姿が映らない。それを曇るというのだろうか。

 

なんとも幻想的な、鏡のような水面のおだやかさとあたたかさ、梅のうつくしさと永遠の春を閉じ込めた一首。伊勢は恋多き女性でした。宇多天皇に愛され、天皇の御子である敦慶親王に愛され、その他にも多くの貴公子と恋をした。花と鏡、これもまた恋多き伊勢を象徴するような歌のひとつです。

 

花の和歌

夜の戸を開けたら、そこは梅の世界でした ― 真木の戸をあけて夜深き梅が香に春のねざめをとふ人もがな

花だけが咲く秋の庭 ― あるじなき庭の千草の花盛りいかばかりかは秋は悲しき

春のおわりの日 ― 何もせで花を見つつぞ暮らしつる今日をし春のかぎりと思へば

 

古典文法解説と品詞分解は以下をご覧ください。

 

古典文法解説

- 疑問の係助詞と推量の助動詞・見立て・掛詞

 

Q 「咲けりける」の品詞分解-完了の「り」

A 「咲け/り/ける」です。「けり」やら「ける」やら来たときに、一語か、切るか、どこで切るかという問題があります。「咲け/り」は切るし、「ける」は切らない。この場合は、「けり」を一語として考えたときに、その上にある言葉がどうなるかを考えます。「咲/けり」にすると、「咲」の品詞の説明ができません。サ行四段活用動詞「咲く」ですから、「咲か・咲き・咲く・咲く・咲け・咲け」と活用するはずです。ということは、この「咲け」は「咲く」の已然形か命令形ということになる。
とすると「り」は四段動詞の已然形か未然形に接続する何かということになる。完了の「り」が四段活用動詞の已然形か命令形に接続します。これでよさそう。「り」の下の接続を見てみましょう。完了の「り」は連用形か終止形が「り」の形です。連用形か終止形につく「けり」があるでしょうか。あります。過去の助動詞「けり」が連用形につきます。これで、前後全ての品詞が説明できました。おわり。なにがおわりなの、という方は文法の教科書をよく見ながらもう一度読みなおしてください。上にくっつく接続と、活用形と、下にくっつく接続と、全て矛盾なく説明できたらクリアです。

「べけれ」とか「まじけれ」なんてものもあるので、助動詞活用表で探してみてください。形容詞の已然形語尾、なんてのもありますね。これも「べ/けれ」なんて切ってしまうと、「べ」の説明ができません。

 

Q 「経て」の品詞分解

A 「経/て」です。「経(へ)」、一語の動詞というものがあるのです。文法の教科書の下二段活用のページに「得(う)」「経(ふ)」「寝(ぬ)」などと書いてないでしょうか。語幹と語尾の区別がない、とあるかと思います。どう活用するか、見ておいてくださいね。

 

Q 疑問の係助詞「や」と推量の助動詞「らむ」の訳し方

A とても大事な話なので、よく聞いてください。「散りかかるをや曇るといふらむ」という下の句ですが、現代語訳するときには「散りかかることを曇るというのだろうか。」と訳してください。「や~らむ」が「~のだろうか」という訳になります。覚えてください。
「や~らむ」という形で係助詞と係り結びになっているのは読みとれるでしょうか。疑問の係助詞「や」は、文末を連体形にする、という法則がありました。文末にある現在の原因推量の助動詞「らむ」は終止形も連体形も「らむ」ですからわかりにくいですが、「や」の結びで連体形の「らむ」になっています。この「らむ」は現在の原因推量ですから、「~のだろう」という訳になります。現在の原因推量である理由は後で説明します。
で、その「らむ」の前に疑問の係助詞「か」がついています。ですから、現代語訳にも疑問の「~か」をつけなくてはなりません。しかし、現代語では文中に疑問の「か」をいれることができません。文末に置くしかない。ですから、「~のだろう」という文末に「か」を付け足す必要があります。よって、「~のだろうか」が正解になります。
繰り返します。現在の原因推量の助動詞「らむ」を「~のだろう」と訳し、疑問の係助詞「か」を文末に置き、「~のだろうか」の形にしてください。原因推量と疑問と、両方を現代語に訳出する必要があるからです。「~のだろう」と書いて1点、「か」と書いて1点を配点します。わたしなら。

「らむ」は現在の原因推量の助動詞です。「らむ」を現在推量にすると、目の前にないものを推し量っていることになりますから、違います。現在の原因推量とは、今目の前に見ている物についてその原因を推し量るという意味です。「~のだろう」、「どうして~なのだろう」、「~だから、~だろう」などの訳のパターンを文法の教科書で見ておいてくださいね。

余裕のある方は「らむ」の伝聞・婉曲も見てください。さらに余裕があれば、「らむ」には完了の助動詞「り」の未然形+推量の助動詞「む」の連体形や、打消の助動詞「ず」の未然形「ざら」の一部+推量の助動詞「む」の連体形(終止形)などの可能性もあることや、「らむ」と対になる「けむ」も見てみてください。余裕があれば、でよいです。とにかく、疑問と推量をセットで訳す「~のだろうか」というパターンを頭にたたき込んでください。

 

Q 和歌の技法

A ふたつあります。「見立て」と、「掛詞」。水面を鏡に見立てています。現代語でも「見立てる」といいますね。
掛詞は「ちりかかる」。「散りかかる」と「塵かかる」が掛けられています。
品詞分解をする際に、「塵」と「散り」をどうするかという問題ですが、どちらにも解釈できるでよいのではないでしょうか。昔の人たちが品詞分解をしていたわけではないですし。


まとめます。
★「けり」ときたら、「○け/り」か「○/けり」か「○けり」か、考える。いずれも、その切り方で「○」が文法的に説明できるか、接続と活用形に矛盾がないかを考える。

★下二段活用の「得(う)」「経(ふ)」「寝(ぬ)」は語幹と活用語尾の区別がない。

★疑問の係助詞「や」+現在の原因推量の助動詞「らむ」は、「~のだろうか」と訳す。

★「散りかかる」と「塵かかる」が掛詞になっている。水を鏡に見立てている。

 

品詞分解

  名詞/格助詞/名詞/格助詞/名詞/
  みづ/の/ほとり/に/ばいか/

  カ行四段活用動詞「咲く」の命令形/完了の助動詞「り」の連用形/
  さけ/り/

  過去の助動詞「けり」の連体形/格助詞/
  ける/を/

  マ行四段活用動詞「詠む」の命令形/完了の助動詞「り」の連体形/
  よめ/る/

名詞/格助詞/ハ行下二段活用動詞「ふ」の連用形/接続助詞/ 
とし/を/へ/て/

名詞/格助詞/名詞/格助詞/ラ行四段活用動詞「なる」の連体形/
はな/の/かがみ/と/なる/

名詞/係助詞/名詞(ラ行四段活用動詞「散る」の連用形)/
みづ/は/ちり/

ラ行四段活用動詞「かかる」の連体形/格助詞/係助詞/
かかる/を/や/

ラ行四段活用動詞「くもる」の終止形/格助詞/
くもる/と/

ハ行四段活用動詞「いふ」の終止形/
いふ/

現在の原因推量の助動詞「らむ」の連体形/
らむ/