和歌ブログ [Japanese Waka]

国文系大学院生がひたすら和歌への愛を語る記録

夏の和歌 炎天下に風が止まるとどうしようもないよね ― 水無月の草もゆるがぬ日盛りに暑さぞしげる蝉のもろ声

水無月の草もゆるがぬ日盛りに暑さぞしげる蝉のもろ声
   (拾玉集・日吉百首和歌・夏十首・426)

 

現代語訳

6月の(猛暑のころに頼りの風も止んでしまって)草ひとつそよがない炎天下に(じりじりと)暑さを増してゆく蝉の声々。

 

内容解説

旧暦と新暦は1ヶ月ほどずれて、新暦7月24日の今日は旧暦6月21日にあたるのだそうです。ちょうどこの頃の歌ですね。炎天下の風も吹かない暑さです。この「草もゆるがぬ」が秀逸。こういう時間、ありますね。真夏の、風が止まる時間帯。草の葉すら揺れない。1㎜も風が動かない。ただじりじりと日が照りつける。クーラーも扇風機もない場所にいるとどうしようもないです。風が動くまでただ待つしかない。扇であおごうにも動いた瞬間に汗まみれ。負け。

 

その、風が動くか自分が動くかというにらみ合いの時間、息を詰めて風を待つ沈黙の時間にですね、蝉が大合唱しているわけです。暑苦しく。こっちは動けば汗、動かねば地獄というせめぎ合いだというのに。

 

風の和歌

風に吹かれて夏をすごす ― 永日すらながめて夏を過ぐすかな吹きくる風に身をまかせつつ

涼しさがうれしいのは夏だからだよね ― 蝉の鳴く木末を分けて吹く風に夏を忘れて夏にこそあへ

夏の納涼、ふたり連れ ― みそぎする賀茂の河風吹くらしも涼みにゆかん妹をともなひ

 

古典文法解説

Q 水無月は6月のこと。

A 文法解説ではないですが、古典常識の範囲として。睦月如月弥生 卯月皐月水無月 文月葉月長月 神無月霜月師走と唱えて覚えておくとよいと思います。春は睦月から弥生まで、夏は卯月から水無月まで、秋は文月から長月まで、冬は神無月から師走までです。7月は文月ですから7月7日の七夕は夏の初めのイメージがありますけど古典では秋の行事です。4月は卯月ですから春のイメージですけど古典では夏。

この歌は水無月ですから旧暦6月で、6月は残暑。といわれてもこれから夏休みですね。このあたりの新暦旧暦のずれはいかんとも。

 

あ、夏休みに入ったら志望校が決まっている受験生の方は過去問を見ておくと良いと思います。まだ全然解けないと思いますけど、あと半年でどこまでいけばよいのか今のうちに距離感を計っておきましょう。もう少し実力がついてから解いてみようなんて思ってると間に合わなくなります。

 

Q 「揺るぐ」は「揺れる」、「揺らぐ」は「玉や鈴が音を立てる」の意味。

A なのだそうです。今だと「揺らぐ」で「揺れる」の意味ですね。「揺らぐ」はもともと「揺らく」で玉や鈴がふれあって音を立てることだそうです。というわけで、この歌に使われている古語の「揺るぐ」が現代語の「揺らぐ」。ややこしい。

 

Q 「揺るがぬ」は完了ですか、打消ですか。

A 打消ですね。日本語ネイティブであるがゆえに足をすくわれる箇所です。「揺るがぬ」なら打消、「揺るぎぬ」なら完了です。まずは「揺るぐ」の活用形を確かめましょう。「揺るが(ず)/揺るぎ(て)/揺るぐ/揺るぐ(時)/揺るげ(ども)/揺るげ」でしたね。何のことだかわからない方は文法の教科書を開きましょう。動詞の、四段活用というページがあるはずです。語幹やら、未然形やら、書いてありますね。古文の授業の最初のころに、活用表を埋めようなんてテストをやったのではないでしょうか。そう、それです。

 

次に助動詞活用表を開いてください。表紙を開いた最初のページにあるのでは。開いたら、打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」と、完了の助動詞「ぬ」の終止形を探してください。ありましたか。見つかったら、ふたつとも同じ色のマーカーで塗ってしまいましょう。と、以前も同じ事を書きました。コピペです。あのとき色をつけたよ! という人はもういちど復習です。語学はとにかく復習。

 

話を戻して、打消の「ず」と完了の「ぬ」を見つけて印をつけたら、接続の項を見てください。打消の「ず」は未然形接続、完了の「ぬ」は連用形接続となっているはずです。打消の「ず」なら「揺るぐ」の未然形に接続し、完了の「ぬ」なら「揺るぐ」の連用形に接続するという意味です。「揺るぐ」の未然形は「揺るが」ですから、「揺るがず」ならば「ず」は打消の助動詞です。「揺るぐ」の連用形は「揺るぎ」ですから、「揺るぎぬ」なら完了です。

 

焦らなくてよいです。このあたりでわからなくなった方はいったん止まって教科書をガン見してください。あやふやな理解をいくら積み重ねても努力の無駄です。一度確実に理解しましょう。二度目の復習は楽になります。三度目には身についています。

 

ならばなぜ「揺るがず」ではなく「揺るがぬ」なのか。それは「ぬ」の後ろに「日盛り」という体言(名詞)があるからです。もういちど助動詞活用表を見てください。打消の「ぬ」は連体形、完了の「ぬ」は終止形ですね。連体形とは、「ず」の下に体言(名詞)があるときには「ず」が「ぬ」に変わりますよという意味です。「ぬ」は「ず」が変化した形なのです。覚えておいてください。よって、「揺るがぬ日盛り」と文章が続きます。訳するときにも「揺るがない日盛り」と一続きに訳してください。
終止形とは、そこで文章が終わりますという意味です。終止形なら「揺るがず。日盛り」と終止形のあとで文章が一旦切れます。訳するときには「揺るがない。日盛り」と文章を切ってください。

 

だいじょうぶですか。聞き流した人はもう一度読みましょう。暑いですね、面倒ですね。この面倒を乗り越えた人が合格します。がんばれ。

 

Q 「しげる」が連体形なのはなぜか。

A 下に名詞(体言)があるから、ではないです。品詞を見るときは上から見ましょう。「暑さぞしげる」とあります。係助詞「ぞ」があります。「しげる」が連体形なのは係り結びを起こしているからです。

 

品詞分解

名詞/格助詞/名詞/係助詞/
水無月/の/草/も/

ガ行四段活用動詞「ゆるぐ」未然形/打消の助動詞「ぬ」連体形/
ゆるが/ぬ/

名詞/格助詞/名詞/係助詞/ラ行四段活用動詞「しげる」連体形/
日盛り/に/暑さ/ぞ/しげる/

名詞/格助詞/名詞
蝉/の/もろ声